田邊朔郎立像・紀功碑 (京都市東山区)  
Bronze statue of Tanabe,Sakuro
田邊朔郎立像・紀功碑
田邊朔郎立像・紀功碑 
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紀功碑


紀功碑、「工學博士 田邊朔郎君 紀功碑」


【参照】田邊朔郎(左)、妻静子(北垣国道の長女)の墓、大日山墓地。
 蹴上疏水公園内に田邊朔郎立像(たなべ-さくろう-じつぞう)、傍らに紀功碑が立つ。朔郎は、琵琶湖第1疏水の建設工事に責任者として多大な貢献をした。
◆歴史年表 近代、1883年、5月、田邊朔郎は、京都府疏水准判御用掛として採用される。朔郎、島田道生、織田信道は琵琶湖第1疏水の測量を始める。
 1888年、朔郎、高木文平は水力利用調査のために渡米した。
 1890年、第1疏水が完成した。
 1891年、5月、蹴上発電所が完成する。11月、送電開始した。
 1901年、朔郎は、京都市土木顧問を兼務し、市の三大事業計画を推進する。
 現代、1982年、11月、蹴上疏水公園に銅像が立てられた。
◆田邊朔郎  近代の土木工学者・田邊朔郎(たなべ-さくろう、1861-1944)。江戸に生まれた。洋式砲術家・田邊孫次郎の長男。1861年、朔郎が9カ月の時、父が病死する。その後、生活困窮する。1868年、戊辰戦争を逃れ武州幸手に移る。1869年、叔父・太一のもとに移る。1871年、太一が外務省任官になりその援助を受けた。1874年、東京に戻り、湯島天神下の「共慣義塾」で英語、漢学、数学を学んだ。1875年、工学寮付属小学校に入学した。1877年、工部大学普通科に入学する。2年後、私費生として工部大学校土木科(東京大学工学部の前身)で学ぶ。1881年以来、京都での実地調査に基づく、実地科卒業論文「琵琶湖疏水工事の計画」を執筆した。土質調査の際に右手を負傷し、左手だけで製図、測量して書いている。叔父の破産後、借金して学業を続け、1883年、工部大学校を卒業した。卒論が京都府知事・北垣国道の目に留まる。請われて京都府疏水准判御用掛として採用され、琵琶湖疏水工事に従事する。1885年、疏水事務所の工事担当として疏水工事が着工した。1886年、疏水事務所の工事部長になる。1887年、工師として全体責任者になった。1888年-1889年、アメリカ合衆国に出張し、水力配置法の取調、ポトマック運河、モリス運河、リン市電気鉄道の調査を行う。1890年、琵琶湖疏水が完成する。国道の長女・しずと結婚した。媒酌人は榎本武揚だった。帝国大学工科大学教授に就任した。1891年、蹴上発電所が完成する。工学博士を授与される。1892年、震災予防調査会委員に任じられる。疏水工事報告書について英国土木学会より、テルフォード・メダルを授与される。1893年、内務省土木会委員に任じられた。1894年、義父・国道の依頼により北海道に出張し、北海道鉄道敷設のための調査を行う。1896年、東京帝大を退任し、北海道庁鉄道部長として官設鉄道の計画・建設にあたる。1897年、臨時北海道鉄道敷設事務調査嘱託に任命された。1898年、北海道鉄道部長に任命され、北海道に移る。1900年、ロシア・シベリア鉄道工事を視察した。アメリカ合衆国を訪ねる。鉄道部長を辞し、創設された京都帝国大学理工科教授に就任した。1901年、京都市土木顧問を兼務し、市の三大事業計画を推進する。1910年、京都帝国大学教授に就任した。京都市名誉顧問になる。1916年-1823年、京都帝国大学工科大学長に就任した。1923年、土木学会会長に就任する。1924年、京大名誉教授になる。勲一等瑞宝章を受章した。1929年、東京・万国工業会議副議長、土木文化会議委員長に推された。1938年、京都市から有功者として表彰された。
 米国鉄道協会会委員、アメリカ合衆国土木会会員になる。編纂委員長として『明治工業紙』(全10巻)(1925-1931)に関わる。著『明治以前日本土木史』(1936)は日本土木史の基本文献になっている。81歳。
 詩歌、漢詩文、書画、琴を嗜み、工事関連の石片を蒐集した。
 墓は大日山墓地にある。顕彰碑(京都市長寄付の黒御影石)には「希英魂永留本市」と刻まれている。傍らに夫人・静子の墓もある。
◆碑・銅像  ◈「紀功碑」には、「工學博士 田邊朔郎君 紀功碑」と刻まれている。朔郎の還暦を祈念し、当初は京都府が出町剣先(鴨川デルタ)に建立した。近代、1923年に現在地の蹴上疏水公園に移されている。
 ◈「田邊朔郎立像」は、現代、1957年11月に、蹴上疏水公園の広場に立てられた。28歳でアメリカ合衆国に調査のために旅立った際の姿を表している。市民の寄付による。


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 『琵琶湖疏水』、『琵琶湖疏水の散歩道』、『琵琶湖疏水の歴史散歩道』、『京都大事典』、ウェブサイト「コトバンク」


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map 田邊朔郎立像・紀功碑 〒605-0044 京都市東山区東小物座町331 蹴上疏水公園内
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