薩摩藩京屋敷跡 (京都市中京区)  
The ruins of residence of Satsuma Domain(Bantoya-cho)
薩摩藩京屋敷跡  薩摩藩京屋敷跡 
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「薩摩屋敷之址」の石標
 大丸京都店の北東角に「薩摩屋敷之址」の石標が立てられている。
 江戸時代、この地には薩摩藩の松平(島津)薩摩守の京屋敷の一つがあった。錦小路薩摩藩邸とも呼ばれた。
◆歴史年表 安土・桃山時代-江戸時代、16世紀末-17世紀末(1501-1700)、この地には、松平下総守の屋敷があった。
 江戸時代、18世紀(1701-1800)初頭以降の160年間、薩摩守の京屋敷になる。当初、藩邸入口は北側の錦小路にあった。後に東側の東洞院通にも拡張される。
 1708年、宝永の大火で焼失した。
 1788年、天明の大火で焼失する。
 1862年、薩摩藩・島津久光は、公武合体を目指し、1000人の兵を率いて上洛し、この藩邸に入った。
 1864年、蛤御門の変(禁門の変)で、西郷隆盛が指揮した薩摩隊は藩邸から出勤した。藩邸は焼亡する。
 1870年、廃邸になる。
◆島津久光 幕末近代の薩摩藩指導者・政治家・島津久光(しまづ ひさみつ、1887-1817)。薩摩生まれ。父は27代当主(10代藩主)・島津斉興、母は側室・由羅(ゆら、由良)。島津斉彬(なりあきら)の異母弟になる。斉興の継嗣を巡り斉彬との間に抗争になる。後、本家に戻り、一門・島津忠公の養子になる。1839年、大隅国重富領を相続した。弘化年間(1844-1848)、藩政に参与する。1858年、28代当主(11代藩主)・斉彬の遺命により、子・忠義が29代当主(12代藩主)になり、1861年、宗家に復帰した。忠義の後見として、国父と称され藩政の実権を掌握した。大久保利通を抜擢した。1862年、西郷隆盛に先発を命じ、大兵を率いて上京する。斉彬の遺志を継ぎ公武合体を目指した。寺田屋騒動で藩内尊攘激派・有馬新七らを弾圧する。勅使・大原重徳を奉じて江戸に行き、一橋慶喜の将軍後見職就任など幕政改革に寄与した。帰途、久光の行列をめぐり生麦(なまむぎ)事件が起こり、1863年、薩英戦争を招く。 八月十八日の政変では、薩摩藩は会津藩と結び長州勢、尊攘派公家を朝廷から追放した。維新後、新政府の開明政策を批判した。1872年、天皇巡幸の際に鹿児島で建白する。1873年、内閣顧問、1874年、左大臣に任命された。三条実美、岩倉具視らを批判する上奏を行い、1875年、辞官した。1884年、公爵になる。晩年は修史事業を進めた。
◆薩摩藩邸 薩摩藩は、薩摩、大隅(おおすみ)、日向(ひゅうが)、諸県(もろかた)郡の一部を領有した外様大藩であり、鹿児島藩ともいう。藩主は島津氏による。
 薩摩藩(鹿児島藩)の京屋敷は4カ所にあった。当初は、本邸が中京区室町通四条下ルにあった。その後、現在地の錦小路通東洞院東入に移される。
 その後、二本松屋敷(上京区)に新屋敷が建てられた。さらに、等持院村(北区、白梅町-等持院付近)に広大な邸宅があった。
 維新後、本邸跡は誓願寺になり、興行所、京都取引所に変わった。二本松屋敷跡は同志社の校舎になる。
◆幕末の薩摩藩 薩摩藩は、11代藩主・島津斉彬の幕政刷新、近代化政策により洋式兵備も整えた。公武合体派として、1863年の八月十八日の政変を主導し、禁門の変で長州藩と対立し排除した。だが、幕政改革による攘夷は、薩英戦争の敗北で終わる。幕政改革も暗礁に乗り上げる。
 1864年の幕府による長州征伐に反発し、1866年に薩長同盟を結んだ。第二次長州征伐の戦後処理である四候会議(島津久光、前福井藩主・松平慶永、前土佐藩主・山内豊信、前宇和島藩主・伊達宗城)は、幕府・徳川慶喜側が有利に進めた。薩摩藩は、長州藩とともに武力による討幕に転じる。
 1867年の大政奉還後、長州・薩摩両藩が中心になり出させた王政復古の大号令により、幕府は廃止される。薩摩藩は手を緩めず、江戸の藩兵挑発に対する幕府反撃を口実として挙兵した。薩長の維新政府軍と旧幕府軍の戊辰戦争になる。旧幕府派は敗北し討幕は成功した。
 近代、1877年の西南戦争後は長州閥が台頭し、薩摩閥は勢いを失っていく。


*原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 説明板、『京都大事典』『京都幕末史跡案内』『幕末京都歴史ウォーキング』、ウェブサイト「コトバンク」


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京都市内史跡地図 平安京オーバレイマップ・碑・発掘調
map 薩摩藩京屋敷跡 〒604-8143 京都市中京区阪東屋町
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