行願寺(革堂) (京都市中京区) 
Gyougan-ji Temple
行願寺(革堂) 行願寺(革堂) 
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本堂、江戸時代、文化年間(1804-1817)、1815年の再建ともいう。


寿老人神堂






鐘楼




庫裏


加茂明神石塔、五輪塔。


車石
 京都御苑の南東、寺町通に面する尼寺の行願寺(ぎょうがんじ)は、「革堂(こうどう/かわどう)」、「一条革堂」、「こうどうさん」とも呼ばれている。山号を霊麀山(れいゆうさん)という。 
 天台宗、本尊は行円作という千手観音(十一面千手観音菩薩)。
 西国三十三か所、第19番札所。洛陽三十三観音巡礼、第4番札所。神仏霊場会第114番、京都第34番。寿老人堂に京都七福神めぐり(都七福神、京の七福神、七福巡拝)の一つ、寿老人。京の通称寺霊場13番、革堂。尼寺霊場の一つ。
 不老長寿の篤い信仰がある。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 
かつて、京都御所の西、一条小川新町(上京区、一条油小路とも)にあり、一条北辺堂と呼ばれた。
 平安時代、989年、鴨川氾濫により倒壊したという。(『日本紀略』)
 1004年、1005年とも、第66代・一条天皇の勅願により建立されたという。(『百錬抄』『日本紀略』」)。行円が賀茂の霊木(槻の木)により千手観音像を彫り、本尊とした。寺は、行円が願人となったことから行願寺と呼ばれた。また、革(皮)聖人に因み、革堂、一条北辺堂(いちじょう たきのべどう)、一条革堂とも呼ばれたという。
 1012年、行円に帰依した藤原道長の子・顕信が剃髪入道する。
 1140年、落雷により塔が焼失した。
 1141年、焼失している。(『百錬抄』)
 1151年、焼失した。(『百錬抄』)
 鎌倉時代、1204年、後鳥羽上皇(第82代)の行幸がある。(『百錬抄』)
 1209年、焼失した。(『百錬抄』)
 1242年、焼失する。(『平戸記』)
 1288年、焼失した。(『勘仲記』)
 室町時代、興国年間(1340-1346)、焼失している。
 永亨年間(1429-1441)、勧学会が修された。(『新古今和歌集』)
 1463年、公方・足利義政が参詣する。(『蔭涼軒日録』)
 1467年、応仁・文明の乱(1467-1477)で焼失した。
 中世(鎌倉時代-室町時代)、六角堂に対して上京の革堂といわれた。六角堂と同じく、町の非常時には早鐘が連打され、町人が終結する自治的な防御組織の集会所・町堂としても機能した。
 安土・桃山時代、1529年、武家による民家の掠奪に対し、鐘を乱打し町衆が参集した。(『言継卿記』)
 1590年、天正年間(1573-1592)とも、豊臣秀吉の都市改造にともない、寺町荒神口に移転させられた。
 江戸時代、1669年、開帳に第107代・後陽成天皇皇子・尭如法親王が参詣する。(『尭如法親王記』)
 1684年、梵鐘を鋳造する。
 1708年、宝永の大火で焼失、その後、この地に移されている。(『坊目誌』)
 1783年、焼失している。
 1788年、天明の大火で焼失している。
 文化年間(1804-1818)、再興された。 
 1815年、現在の本堂が建てられる。
 1864年、正門が蛤御門の変により焼失する。
 現代、戦後、荒廃する。
 1996年、湛海の入寺により、以後、再興される。
◆行円 平安時代中期の僧・行円(ぎょうえん、生没年不詳)。豊後国に生まれた。かつて狩人だったという。子を孕んだ母鹿を射止め、死に際に小鹿を産んだという。このことを悔い、仏門に入る。比叡山横川で修行を積み、千手陀羅尼を誦呪する聖となる。1004年、京都一条に行願寺(革堂)を建てた。1012年、公卿・藤原道長の子・顕信が帰依した。1016年、粟田の道筋の石を除いている。
 広く庶民に布教活動し、横川皮聖(よかわ かわひじり)と呼ばれた。射た鹿を哀れみ、千手陀羅尼を書いた母鹿の皮を常にまとい、首に仏像をかけ、千手陀羅尼を誦し遊行したことから、皮聖・革聖(皮仙、皮聖人)と呼ばれた。
◆中島湛海 近代-現代の尼僧・中島湛海(なかじま たんかい、1915-2006)。1969年、行願寺住職となる。1988年、天台宗で女性初の大僧正になった。行願寺名誉住職。
◆仏像 本尊の「千手観音」は、行円が夢託により、賀茂社の槻木(つきのき、ケヤキの古名)の倒木により刻み安置したものという。その余材により、吉峰寺本尊も刻まれたという。
 南北朝時代の金剛力士像、鎌倉時代の地蔵菩薩立像。
◆加茂明神 加茂明神石塔(3m)は、鎌倉時代のものと見られている。火輪軒(屋根上の部分)裏に、一重の垂木形の作り出しがある。水輪(塔身)の穴に祀られている不動明王も後世作という。
 行円は、加茂明神の夢告により、加茂社の槻の木により観音像を刻んだ。その報恩のために、加茂神を勧説して造立し祀ったものという。
◆寿老人神堂 境内には、都七福神巡りの一つ安土・桃山時代の寿老人神堂があり、本尊の寿老神(20cm)のご真言を、一日三回唱えると福寿吉運が授かるといわれている。現在は分身(120cm)が安置され、本体は宝物館に遷されている。
◆鎮宅霊符神像 「衆星守護をつかさどる神」とされる鎮宅霊符神像が祀られている。豊臣秀吉による境内移転に際して、天下泰平、福寿円満を祈願したという。
◆建築 「本堂」(市指定文化財)は、江戸時代、1815年に再建された。外陣は吹き放し、入母屋造、正面屋根の手前に軒唐破風の向拝、その奥に三角の千鳥唐破風になっている。手前の兎毛通(うのけどおし、唐破風の懸魚)に鳳凰の彫刻がある。その下の蟇股に龍、木鼻に獏が施されている。近世、天台宗本堂の建築様式として注目される。
 内陣格天井に171面の円形の花鳥彩色彫刻がある。黒漆の下地に透かし彫りの手法で鳥と草花がそれぞれ彫り出されている。須弥壇、脇壇の格狭間に獅子の浮彫。頭貫(柱上部を連結する貫)、組物も極彩色。
 江戸時代、1804年に建立の「鐘楼」(市指定文化財)がある。
 安土・桃山時代建立という寿老人神堂がある。
◆文化財 行円のものという鹿皮衣、行円上人像、伝教大師像、豊臣秀吉以降の歴代将軍朱印状がある。
 室町時代の弁財天画像、不動明王画像。
 安土・桃山時代の豊臣秀吉の朱印状、江戸時代の徳川家康の黒印状。
 宝物殿に「幽霊絵馬」(100cm×30cm)が保管されている。
◆幽霊絵馬 宝物館には、若い女性の幽霊が描かれた「幽霊絵馬」があり、お盆の期間のみ公開されている。下方右に、かすかに人影が残り、子供を背負う若い女性が描かれている。左に手鏡が裏向きにして嵌め込まれている。
 江戸時代、文化年間(1804-1817)、1816年、1817年とも、寺近くの質屋八左衛門(竹屋町柳馬場)に13歳で奉公に出て、子守をしていた少女の両親が絵馬を奉納したものという。少女の名はお文といった。江州草津の百姓・和兵衛の娘だった。働き者で、革堂で子守の子供をよく遊ばせていた。少女は、そのうちに御詠歌「花を見て今は望みの革堂の庭の千草も盛りなるらん」を自然に憶え、口ずさむようになる。だが、熱心な法華信徒の主人はこれを怒り、冬の日、少女を折檻し凍死させた。
 少女の親は、娘の行方を捜したが知れなかった。主人は、娘は男と出奔したと告げた。両親は革堂に参篭し、観音に娘の行方を祈願した。ある時、夢告に娘の亡霊が現れる。両親はそのお告げに従い、質屋の庭の納屋に埋められていた娘の亡骸を探し当てたという。八左衛門は捕らえられ処刑された。両親は、娘を葬った後、娘の姿を絵馬に描いて寺に奉納し、成仏を祈願したという。絵馬に嵌め込まれている鏡は、娘が奉公に出る際に、母が贈った遺愛品だったという。その後、両親は娘のために西国巡礼の旅に出たという。
◆五輪塔 五輪塔の「加茂明神石塔」が立つ。かつて、石塔前に鳥居が建てられていた。忌明塔でもあったという。鎌倉時代作という。平安時代の行円が加茂神への報恩のために立てたともいう。
 基礎が薄い。水輪に方形の塔身に穴が開けられ、不動明王石仏が安置されている。これは後補という。鎌倉時代の笠石(火輪)軒裏に一重垂木型作り出しがあり、珍しい。花崗岩製、高さ3m。
◆都七福神めぐり 室町時代、京都では民間信仰として七福神信仰が始まったとされ、都七福神は最も古い歴史がある。恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、寿老人、福禄寿の七神の信仰があり、その後、各地に広まったという。
 現在の都七福神は、京都恵比須神社の恵比須神、松ヶ崎大黒天妙圓寺の大黒天、六波羅蜜寺の弁財天、東寺の毘沙門天、萬福寺の布袋尊、赤山禅院の福禄寿、革堂(行願寺)の寿老人になる。福がもたらされるという正月の参詣と毎月7日の縁日がある。
◆年間行事 修正合(1月1日)、福神めぐり(1月1日-2月節分)、初観音御開扉(1月17日-18日)、厄除星祭所躊会(2月節分)、涅槃会(2月15日)、春季彼岸会(3月春分の日)、花まつり(4月8日)、孟蘭盆会(8月13日-15日)、幽霊絵馬供養(8月20日-23日)。地蔵盆会(8月22日)、秋季彼岸会(9月春分の日)。
 都七福神めぐりの縁日(毎月7日)。


*建物内は撮影禁止。
*年間行事の中止、日時変更、拝観時間変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『古建築の装飾』『京都・山城寺院神社大事典』『京の石造美術めぐり』『京都府の歴史散歩 上』『京都古社寺辞典』『京都歴史案内』『祈りと修行』『京の尼寺 こころの旅』『京の寺 不思議見聞録』『京都大事典』『京都の寺社505を歩く 上』『京都を歩こう 洛陽三十三所観音巡礼』『京都御朱印を求めて歩く札所めぐりガイド』『京の福神めぐり』『京の怪談と七不思議』


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