織工場跡 (京都市中京区)  
The ruins of Weaving Mill
織工場跡 織工場跡 
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「明治天皇行幸所織工場阯」の石碑
 河原町通二条下ル東側、日本銀行京都支店敷地の南西角に、「明治天皇行幸所織工場阯(めいじてんのう-ぎょうこうしょ-おりこうじょう-あと) 」の巨大な石碑が立てられている。
 この地にはかつて、京都復興のために建てられた勧業場、織工場があった。
◆歴史年表 近代、1872年、11月、 京都府知事・長谷信篤は、洋式織法修得のために、西陣織工・佐倉常七、井上伊兵衛、吉田忠七佐を伝習生としてフランス・リヨンに派遣した。
 1873年、佐倉ら伝習生は帰国に際して、フランス・オーストリアから、ジャカード、バッタン機など洋式織機を輸入する。
 1874年、6月、京都府は勧業場(河原町二条下ル、長州藩邸跡地)内の現在地(角倉邸跡地)に、織工場(織殿[おりどの] )を開設した。
 1875年、舎密局(せいみきょく)内に染殿(そめどの、二条下ル、角倉邸跡地)が設置される。
 1877年、第122代・明治天皇(1852-1912)は関西行幸を行う。2月2日、天皇は中学校、女学校、女紅場、織工場などを見学する。
 1938年、3月、京都府により石碑が立てられた。
◆佐倉常七 江戸時代後期-近代の織物技術者・佐倉常七(さくら-つねしち、1835-1899)。美濃(岐阜県)生まれ。父・河瀬久兵衛の長男。幼くした父を失い、佐倉家の養子になる。京都西陣・ふじ屋久兵衛のもとで織物業を学ぶ。1872年、京都府織物伝習生として、吉田忠七、井上伊兵衛とともに渡仏した。リヨンで製織法を習得する。1873年、帰国し、ジャカード、バッタンなどの織機を日本に導入した。1875年-1881年、京都府織工場教授を務めた。勧業場の廃止後、西陣の織元・佐々木清七の工場に移る。清七は、ジャカード機の実用に成功し、蓬莱織を創案した。1893年、独立し工場を経営する。1892年、西陣の10傑に選ばれた。1894年、米国コロンビア世界大博覧会より協賛名誉賞を受賞した。1896年、京都市織染学校嘱託教師になる。65歳。
◆井上伊兵衛 近代の西陣織匠・井上伊兵衛(いのうえ-いへえ、1881?-1821?)。詳細不明。1872年、京都府織物伝習生として、吉田忠七、佐倉常七らと渡仏する。リヨンで染色を習得した。1873年、帰国し、ジャカード、バッタンなどの洋式織機を日本に導入した。1875年、京都府織工場(後の織殿)の教授として機械操作、染色技術を教えた。1881年、織殿の払い下げにより、西陣の機業家・伊達弥助の工場に移る。
◆織工場 1872年11月、 京都府知事・長谷信篤(1818-1902)は、西陣の織工・佐倉常七(1835-1899)、井上伊兵衛(1881?-1821)、吉田忠七佐(?-1874)を伝習生としてフランス・リヨンへ派遣した。
 1873年、佐倉、井上は帰国する。一人残った吉田は、1874年に帰国途上のフランス船ニール号の座礁により、輸入した機械共々遭難死したという。
 フランス・オーストリアからは、生産効率の高いジャカード(パンチカード[紋紙] により、織り糸を操作する紋織装置)、バッタン機(タテ糸にヨコ糸を通す際に、杼[ひ] を飛ばし織り上げる飛杼装置)、金筬(かねおさ/ベゲヨー、タテ糸の密度と織り巾を決める織機の付属品)、ナベツ(杼[ひ] 、タテ糸の間にヨコ糸を通すための道具)、紋彫器(デッサン・メッケー、タテ糸の上げ下げを指令する穴空け機)などの機械・技術を輸入導入した。
 1874年6月、京都府は勧業場(河原町二条下ル、長州藩邸跡地)の中に織工場(河原町二条下ル、角倉邸跡地)を開設し、機械を設置して技術伝習を行った。佐倉、井上は教授として講習を行う。1875年、舎密局内の付属施設として染殿(そめどの、二条下ル、角倉邸跡地)が設置された。
 1877年2月2日に、第122代・明治天皇(1852-1912)は関西行幸に際して、織工場で、織機・綴れ織・機械の縫い方・西洋仕立などを見学している。


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 ウェブサイト「京都経済同友会 京都再発見 京都・近代化の軌跡  在来産業のイノベーション(その1)- 洋式製法導入で危機を突破した西陣織」、ウェブサイト「京都経済同友会 京都再発見 京都・近代化の軌跡 第3回 西洋の技術を取り込め- 勧業場と舎密局の開設」、ウェブサイト「京都市 京都のいしぶみデータベース」、『京都大事典』、ウェブサイト「コトバンク」


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京都市内史跡地図 平安京オーバレイマップ・碑・発掘調
map 織工場跡 〒604-0924 京都市中京区一之船入町,河原町通二条下ル東側
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