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聖アグネス教会聖堂 (京都上京区) St. Agnes Cathedral temple of Confucius |
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聖アグネス教会聖堂 | 聖アグネス教会聖堂 |
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![]() 東側 ![]() 東側 ![]() 北東角 ![]() 東側 ![]() 東側 ![]() ![]() 東側 ![]() 北東角、パットレス(控壁) ![]() 東側 ![]() 東側 ![]() 東側 ![]() 東側 ![]() 北側 ![]() 北側 ![]() 北側 ![]() 北側 ![]() 北側 ![]() 北側 ![]() 北側 ![]() 北側 ![]() 北側、井戸 ![]() ![]() 北東角 |
烏丸通下立売角に、赤煉瓦造の日本聖公会聖アグネス教会聖堂(にほんせいこうかい-せいあぐねすきょうかい-せいどう)が建つ。京都初の聖堂建築になる。 近代の宣教師・建築家・ガーディナー が設計した。 ◆歴史年表 近代、1895年、大阪市川口居留地にあった照暗女学校(St. Agnes' School)が京都に移り、平安女学院(St. Agnes' School)に改称された。 1898年、5月、ガーディナーの設計により、現在の建物が完成する。日本聖公会の京都地方部(京都教区)の大聖堂を兼ねた。10月、ジョン・マキム主教により献堂式が行われ、以後は「聖三一(せいさんいつ)大聖堂」と呼ばれた。 1923年、10月、アグネス教会が組織され、「聖アグネス教会聖堂」に改称とれる。平安女学院の生徒・教職員による教会として認可された。 1930年、聖三一教会が聚楽廻中町へ移り、聖堂を受け継ぐ。 1931年、聖堂の東側、内陣の大規模な改修が行われた。塔屋上の装飾、説教壇などが撤去される。 第二次大戦(1939-1945)中、聖堂は軍需資材置場に充てられた。 現代、1945年、戦後は占領軍将兵の礼拝に用いられる。 1981年、パイプオルガンが設置された。 1985年、6月、京都市指定有形文化財に登録される。 ◆ガーディナー 近代の宣教師・建築家・教育家・ガーディナー ・ジェームズ・マクドナルド(Gardiner James McDonald、 1857-1925)。アメリカ合衆国ミズーリ州生まれ。1875年、ハーバード大学建築学科に入学した。1877年、ハーバード大学を中退し、ニューヨークで実務に携わる。1880年、米国聖公会伝道局より派遣され来日した。東京・立教学校(現・立教大学)のウイリアム主教に招かれ英文学を講じる。1882年、同校の新校舎設計を完成させた。1892年、神学校などを完成させる。1893年まで、同校校長になる。1894年、ハーバード大学学部学位を取得し、立教大学校教授になる。1904年、伝道局を退く。建築事務所を開設する。 京都では聖アグネス教会聖堂(聖三一大聖堂、1898)、京都聖ヨハネ教会堂(1907、明治村に移築)、長楽館(1909)、そのほか宗教建築、外国大使館などを残した。栃木県日光に日本最初のホテルの一つ金谷ホテル(1893)を設立させた。自身が設計した日光真光教会(1916)に埋葬された。68歳。 ◆建築 聖アグネス教会聖堂は、近代、1898年に礼拝堂として建てられた。ガーディナーの設計による。 建物は、日本聖公会京都地区の大聖堂としても役割を果たし、「聖三一大聖堂」とも呼ばれた。現在は、京都教区主教座聖堂(カテドラル)、地域の聖アグネス教会(パリッシュ・チャーチ)、平安女学院の礼拝堂(チャペル)という3教会堂の役割を担う。 聖アグネス教会聖堂の外観は、赤煉瓦の壁体を顕している。内部はゴシック様式の三廊下式バシリカ型(バシリカ式聖堂)になる。4世紀末にこのキリスト教聖堂の定形が確立した。聖アグネス教会聖堂は、中央の身廊、左右側廊下3列になっている。ゴシック様式として、尖頭アーチ、薔薇(ばら)窓、壁体のパットレス(控壁)がある。設計に際して、耐震性が考慮されという。 南西隅に八角平面で迫り出した洗礼室(バプティストリー)、袖廊の小さい左右非対称の礼拝堂がある。北東隅に烏丸通に面して3層の鐘塔が建ち、最下層に縦長窓、中層に薔薇窓、最上層にトレサリー(幾何学模様装飾)の窓を配する。 内部の柱、小屋組のハンマービーム(片持梁、壁の頂部から室内に突出して作らた短い梁で、その先端に立てた束上に小屋梁を載せる)になっている。部材の梁を剥き出しにし、細く簡素な造りになる。北西隅に玄関、中央に会衆室、東側に内陣・祭壇、南東隅に祭礼準備室(ベストリー)、司祭室がある。北東隅に執務室などがある。煉瓦造の教会堂としては古く、ガーディナー設計の初期の教会堂作品として貴重という。西薔薇窓のほか、30点以上のステンドグラス窓が開けられ、大部分は竣工当時のものになる。意匠は、ガーディナー、製作は日本人による。 煉瓦造、平屋建。 なお、1931年の聖堂東側、内陣の改修工事により、塔屋上の装飾(縁の凹凸部)、烏丸通に面していた説教壇が撤去された。祭壇中央のステンドグラスは南側へ移されている。1985年に京都市指定有形文化財に指定された。 ◆聖公会 英国教会は1000年にわたりローマ・カトリック教会に属した。16世紀の改革運動によりプロテスタント諸教会が生まれる。英国でも独自の宗教改革により、ローマ教皇の支配から独立し、英国国教会(聖公会)が生まれた。聖公会とは、ローマ・カトリックとプロテスタントの中道を歩み、両教会の再一致を目指している。 日本聖公会は英国国教会の流れを汲む。日本では1859年に、米国聖公会のC・M・ウィリアムズ、リギンズが長崎で宣教を始めている。後に、米国、英国、カナダの伝道団体が宣教を進め、1887年に「日本聖公会」が成立する。 教育機関としては東京・立教大学、大阪・桃山学院大学、京都・平安女学院などがある。幼稚園、ハンセン病患者の救済、病院、知的障害児施設、児童養護施設、保育所なども有している。 京都では1889年以降に、米国聖公会の宣教師・チングにより伝道が行われている。 ◆聖アグネス 聖アグネスとは、ローマ皇帝ディオクレティアヌス(244-311)の禁教時代に、13歳で殉教した少女の名になる。 ローマ執政官の息子の求婚を拒み、裸身で市中引き回しになった。だが、頭髪が伸びてその身体を覆い隠したという。 平安女学院(St. Agnes' School)の守護聖人として讃えられている。 *内部は通常非公開 ❊原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。 ❊参考文献・資料 京都市の案内板、 パンフレット「聖アグネス教会」、ウェブサイト「聖アグネス教会」、『京都の洋館』、『京都大事典』、『京都の赤レンガ』、ウェブサイト「京都市指定・登録文化財-建造物」、ウェブサイト「コトバンク」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
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