長楽館 (京都市東山区)  
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長楽館 長楽館
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玄関


貴婦人の間、案内板より


球戯の間、案内板より


迎賓の間、案内板より
 長楽館(旧村井吉兵衛邸)は、「たばこ王」と呼ばれた実業家・村井吉兵衛の別邸として建てられた。地元では「村井の別荘」と呼ばれていた。現在は、ホテル、レストラン、喫茶店などに利用されている。
 政治家・伊藤博文が当館に宿泊した際に、「長楽館」と名付けている。村井夫妻が「長く楽しむ」の意味という。博文は「この館に遊ばば、其の楽しみや けだし長(とこし)へなり」と詠んだという。ただ、近くにある長楽寺のことは考慮していなかったという。
◆歴史年表 近代、1897年、10月、村井吉兵衛は、円山の一角(623坪、2059.5㎡)を4万6361円で購入する。
 1904年、村井吉兵衛の別荘として、長楽館の建設に着手した。3月29日、小説家・夏目漱石の日記に、長楽館建築の様子が記されている。(『漱石全集』13巻)
 1905年、日ロ戦争で建設工事は一時中止になる。
 1907年、6月、棟上になった。
 1908年、洋画家・高木背水(たかぎ はいすい)が、1階の迎賓の間の壁画を描く。
 1909年、6月、竣工した。伊藤博文は「長楽館」と扇額に揮毫した。
 1915年、3階の和室が改造された。第123代・大正天皇の御大礼でロシア、イタリア使節団の宿泊施設になる。
 1919年、米国に一部接収され、設備などが一部改修される。
 1927年、昭和金融恐慌のあおりを受け、村井財閥は解体する。長楽館は売却された。その後、複数の手に渡る。
 現代、1954年、土手富三は、長楽館の土地・建物を購入した。以後、改修が継続される。
 1980年頃、3階の修復が終わった。
 1986年、長楽館・調度品は、京都市指定有形文化財登録に指定される。
 2013年、庭園は、京都市「京都を彩る建物や庭園」に認定される。ヒマラヤスギ・ヒロハノナンヨウスギは、東山区「区民の誇りの木」に認定された。
◆村井吉兵衛 江戸時代後期-近代の実業家・村井吉兵衛(むらい-きちべえ、1864-1926)。小三郎。京都生まれ。父はタバコ商・村井弥兵衛でその次男。1872年、9歳で分家の伯父・吉右衛門の養子になり、吉兵衛を名乗る。1878年、家督を継ぎタバコ販売、種油、両替商を営む。20歳-21歳頃、同志社病院に入院し、宣教医・ベリーに出会う。洋書『百科製造秘伝』を借り、担当医・堀俊造の翻訳により紙巻きタバコ製法の知識を得た。1889年、宇野子と結婚した。1890年、村井兄弟商会を興す。1891年(1890年とも)、日本初の洋風両切紙巻タバコ「サンライス」を発売し、好評を博した。輸入品の「サンライト」を日本葉を原料にして、日本人の嗜好に合う香料を加味する。1893年、渡米し、タバコの製法を研究した。1894年、輸入したアメリカ合衆国バージニア葉タバコを原料にした「ヒーロー」を発売する。景品付き販売、広告宣伝も工夫した。アジアにも輸出している。 1899年、アメリカ合衆国の「世界のタバコ王」デュークと組む。アメリカ合衆国・タバコトラスト社との折半出資で株式会社(資本金1000万円)に改組した。製品包装印刷のために、京都に外国人技師を雇入れた印刷会社を設立する。デュークが経営を主導し、その後3年で市場占有率3割を占めた。事業を引き継いだBAT社により増資提案され、外資系企業になる。1900年、「ヒーロー」が生産日本一になる。1904年、日ロ戦争の戦費調達のために、煙草専売法が公布され、タバコ民営は終わる。吉兵衛は、政府への売却金(1120万円)をもとに、村井銀行(資金100万円)を創立し頭取に就く。1909年、京都円山に別荘「長楽館」などを建てた。1912年、本店を京都から東京に移している。1916年、宇野子が病没する。1917年、第122代・明治天皇の権典侍・山茶花(さざんか)の局(日野西薫子)と再婚した。1926年、東京の本邸で亡くなる。63歳。
 村井は、帝国製糸会社、村井貯蓄銀行、村井倉庫、村井汽船、東洋印刷、日本石鹸、村井カタン糸などを設立する。鉱山、石油業、台湾製糖、帝国ホテル、帝国劇場、明治貿易などの経営陣にも加わる。東京商業会議所特別会員になった。「日本のタバコ王」と呼ばれた。1912年-1926年、村井銀行五条支店の2階に、「村井児童図書館」を開設している。別荘「長楽館」は京都に残る。東京の本邸「山王荘」は、比叡山延暦寺の大書院として移築され現存する。
 墓は総持寺(横浜市)にある。
◆ガーディナー 近代の宣教師・建築家・教育家・ガーディナー.ジェームズ.マクドナルド(Gardiner James McDonald、 1857-1925)。アメリカ合衆国ミズーリ州生まれ。1875年、ハーバード大学建築学科に入学した。1877年、ハーバード大学を中退し、ニューヨークで実務に携わる。1880年、米国聖公会伝道局より派遣され来日した。東京・立教学校(現・立教大学)のウイリアム主教に招かれ英文学を講じる。1882年、同校の新校舎設計を完成させた。1892年、神学校などを完成させる。1893年まで、同校校長になる。1894年、ハーバード大学学部学位を取得し、立教大学校教授になる。1904年、伝道局を退く。建築事務所を開設する。
 京都では聖アグネス教会聖堂(聖三一大聖堂、1898)、京都聖ヨハネ教会堂(1907、明治村に移築)、長楽館(1909)、そのほか宗教建築、外国大使館などを残した。栃木県日光に日本最初のホテルの一つ金谷ホテル(1893)を設立させた。自身が設計した日光真光教会(1916)に埋葬された。68歳。
◆大島盈株 江戸時代後期-近代の建築家・大島盈株(おおしま-みつもと、1842-1925)。江戸生まれ。幕府の大棟梁・甲良家を継ぎ、甲良建仁寺流第12代目になる。維新後、鉄道庁に入り、汐留駅、芝増上寺昭徳院殿廟などを建てた。後に農商務省嘱託になる。84歳。
◆高木背水 近代の洋画家・高木背水(たかぎ-はいすい、1877-1943)。誠一郎。佐賀県生まれ。1889年、上京した。1894年、大野塾に入る。明治美術会に出品した。1895年、白馬会に転じた。1904年、渡米し、コロンビア大学美術科を卒業した。1906年、帰国し、第1回文展に「浜辺の松」を出品する。1910年、イギリスに2年間留学した。1912年、「ウインザー橋の朝」を文展に出品する。1914-1915年、第122代・明治天皇像を描く。1920年、以降、4回渡欧した。1922年、朝鮮美術展覧会の設立に尽力した。67歳。
◆建築 村井吉兵衛は、円山に別亭を建てることが夢だった。長楽館(旧村井吉兵衛邸)は、1904年12月に着工され、1909年6月に竣工した。1986年、長楽館・調度品(30点)は、京都市指定有形文化財登録に指定されている。
 設計・監督は、ガーディナー、施工は清水満之助(清水建設)、内装装飾は東京杉田商店・京都河瀬商店による。1914年に、ガーディナー、建築家・大島盈株(1842-1925)の設計により3階和室などが改造された。1915年の第123代・大正天皇の京都御所で即位の大礼の際に、各国来賓施設の一つになった 。1919年、米国に一部接収され、設備などが一部改修されたという。
 その後、長楽館は滋賀県の事業家、米国人が入手した。1954年に、土手富三が5年をかけて購入している。荒廃しており、以後、30年近くをかけて改修が行われている。1980年頃に3階の修復が終り、修復は完了した。
 近代、明治期(1868-1912)後期の大規模洋館であり、和館、洋館が併置されていない。米英仏中日の折衷様式による。外観は1750年代以降のイギリス・ヴィクトリア調のネオ・クラシック(新古典主義)様式を基調にした。1階を花崗岩の石貼、2・3階を黄褐色のタイル貼にし、隅石を配している。東側の玄関には、古代ギリシャ建築の列柱様式であるイオニア式門柱が立つ。
 内部は、中央広間の周囲に各室を配している。1階の室内意匠は、広間をイギリスのジェームズ1世の治世(1603-1625)頃のジャコビアンと呼ばれる折衷様式、食堂をネオ・バロック様式、客間を1730-1770年に最盛期を迎えたフランス宮廷中心のロココ様式にしている。1914年には、2階の喫煙室を中国風に、3階の和室を安土・桃山時代風の書院造に改造した。折上格天井になっている。
 煉瓦造(鉄骨3階建)3階建(一部地下1階)洋館になる。1階136坪2合、2階120坪9合8勺、3階116坪7合6勺、地下62坪7合1勺。別棟1階33坪2合、2階33坪2合、延べ坪(別棟除く)436坪6合5勺、天然スレート葺。
 なお、建築当初の家具類(多くは輸入品)も現存する。
 ◈本館1階の「ライブラリーバーマデイラ」は、かつて村井吉兵衛の書斎として使われた。作り付けの書棚が残る。
 ◈1階の「球戯の間」のフロアーには、ビリヤード台が置かれていた。現在も観音開きの扉、円形テーブル、ステンドグラスが残る。
 ◈1階の「迎賓の間」は、玄関の傍の応接間であり、現存する日本の西洋館では最大規模という。女性のもてなしの部屋として使われた。ヨーロッパのドローイングルーム(客間、応接間)の流れを汲む。
 ◈1階のフレンチレストラン「ル シェーヌ」は、ダイニングルームとして使われた。ネオ・クラシック(新古典主義)様式になる。部屋は明るく、天井・壁に植物模様のレリーフ、シャンデリアがある。
 ◈1階の「長楽館ブティック」は、温室として使われ、多くの観葉植物の鉢が置かれていた。石壁に、イスラムモスクのレリーフが施されている。意匠はコーヒーに因む。
 ◈1階の「ロビー」は、玄関の階段の先にある。
 ◈2階の「美術の間」は、美術室として使われていた。中村白鈴のアジサイの絵が飾られている。
 ◈2階の「喫煙の間」には、バルコニーがあり、床は、イスラム風の幾何学模様のタイル、観音開きの扉にはステンドグラス、竹・蘭の中国風意匠も見られる。後に、中国風に改修された。螺鈿の椅子(京都市指定有形文化財)も展示されている。入口上に、伊藤博文の揮毫による扇額「長楽館」が掛けられている。
 ◈2階の「貴婦人の間」は、村井の妻・宇野子(1870-1916)が過ごした。マントルピース、壁面の鏡がある。
 ◈2階の「鳳凰の間」は、賓客のゲストルームとして使用された。西と南の2面に大きな窓が開く。扉の内側に短いアプローチがある。孔雀のタペストリーが飾られている。
 ◈2階の「フロアー」は、踊り場のある階段がある。壁面には姿見付の家具が備えられている。
 ◈2階の「接遇の間(ゲストルーム)」は、寝室として使われた。ロココ調の花台、姿見付き化粧台などの調度品が設えられている。
 ◈3階の和室「御成の間」は、書院造になる。床の間、花頭窓の付書院、違棚がある。折上格天井に村井家家紋の柏があしらわれている。金箔の雲の紋様で飾られている。バカラ社製のシャンデリア、家紋入りの釘隠しがある。日本画家・神坂雪桂(1866-1942)の襖絵がある。
 1914年、次の間が改修されている。
 ◈3階に茶室「長楽庵」がある。表千家茶室「残月亭」を写した。
◆壁画 近代、1908年に洋画家・高木背水(たかぎ-はいすい)が、1階迎賓の間に壁画を描いた。
◆庭園 作庭は、造園家・小川治兵衛(1860-1933)による。
◆近代の宿泊者 数多くの来泊者、来賓者があった。
 ◈近代、1909年5月25-27日に、韓国統監・伊藤博文(1841-1909)は、桂小五郎(木戸孝允)の墓参に入洛し3日間宿泊した。5月27日に政治家・井上馨(1836-1915)、政治家・渡邉昇(1838-1913)、官僚・杉孫七郎(1835-1920)、京都帝国大学総長・菊池大麓(1855-1917)らを招いて宴を催した。
 6月11日に前アメリカ合衆国副大統領フェアバンクス(1852-1918)夫妻、令嬢が滞在した。
 10月7日に「雅会」が開かれ、政治家・西園寺公望(1849-1940)、実業家・住友吉左衛門(1647-1706)、鈴木松平が主客だった。10月に美術行政家・九鬼隆一(1852-1931)が宿泊した。
 ◈1910年4月26日に清国皇族・愛新覚羅載濤、溥洞が宿泊した。
 5月に政治家・大隈重信(1838-1922)、夫人が宿泊した。
 教育行政家・政治家・高田早苗(1860-1938)が宿泊する。
 ◈1915年11月にロシア国特派大使マレウイッチ、イタリア国特大使グイチョリー夫妻が宿泊した。
 ◈1916年1月13日-16日にロシア国大公ゲオハルギー.ミハイロウイッチが来泊した。
 3月22日に閑院宮智恵子妃(1872-1947)、春仁王(1902-1988)、寛子女王(1906-1923)、華子女王(1909-2003)が宿泊した、
 ◈1917年7月1日に、イギリス特使・コンノートが宿泊した。
 ◈1920年5月7日にイギリスの銀行家・ヴァンダーリップ夫妻、令嬢が宿泊する。
 ◈1925年、アメリカ合衆国の実業家・ロックフェラー(1839-1937)が宿泊した。
 ◈ほかに皇族では、東久邇宮妃・聡子(1896-1978)、同・若宮。久邇宮多嘉王(1875-1937)、同妃・静子(1884-1959)。北白川宮成久王(1887-1923)、同妃・房子(1890-1974)、朝香宮妃・允子(1891-1933)、賀陽宮好子(1865-1941)。李王。
 ◈外賓では、イギリス国皇太子・ウェールズ(国賓)、ルーマニア皇太子・カロル殿下(皇帝フェジナンド名代)、フランス国公爵・ミューラー夫妻、ドイツ国大使ゾルフ。
 ◈賓客としては、軍人・政治家・山縣有朋(1838-1922)らがいる。 


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 『京都幕末維新かくれ史跡を歩く』、『京都大事典』、『京都とたばこ-京都工場のあゆみ-』、『京都の洋館』、ウェブサイト「長楽館」、ウェブサイト「京都市文化観光資源保護財団 西洋の導入」、「LIFULL HOME'S PRESS -京都 長楽館。かつて偉人達を迎えた迎賓館の築後107年とこれからの100年-」、『西洋館-明治・大正の建築散歩』、ウェブサイト「コトバンク」


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京都市内史跡地図 平安京オーバレイマップ・碑・発掘調
map 長楽館 〒605-0071 京都市東山区円山町604,祇園町南側 八坂鳥居前東入ル  075-561-0001
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