京都聖三一教会 (京都市中京区)  
Trinity Kyoto Anglican Church in Japan
京都聖三一教会   
京都聖三一教会 
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南東角


東側「京都聖三一教會」の銘

東側


東側


東側、十字架と葡萄の意匠

東側

東側、ハーフティンバー


南側


南側


【参照】柵の葡萄の意匠
 聚楽廻中町(じゅらくまわりなかまち)に、日本聖公会京都聖三一教会(にほんせいこうかい-きょうと-せいさんいちきょうかい)がある。日本聖公会は英国国教会が伝道した教派になる。 
 設計は近代の画家・園部秀治、ミッション建築家・バーガミニーによる。和風を基調にした木造教会建築の数少ない建物例の一つになる。 
◆歴史年表 近代、1898年、聖三一大聖堂(烏丸下立売)が竣工した。煉瓦造の京都聖三一教会堂(現・聖アグネス教会)が建てられている。
 1930年、西部地区に伝道活動を広げるために、現在地に移転した。聖三一教会は現在の教会堂を新築した。
 1932年、聖三一幼稚園が開設される。
 現代、1967年頃、教会堂の一部改造が行われた。
 1977年、幼稚園保育室などを新築する。教会部分の増改築を行いほぼ現在の姿になる。
 1999年、建物の補強、創建当時の外観の復元・保存のために大修理工事を行う。10月、礼拝堂は国の登録有形文化財に指定された。
 2015年、4月、礼拝堂は京都市景観重要建造物に指定された。
 2017年、7月、幼稚園園舎・牧師館の耐震、子ども園新設のための新築立替工事が始まる。
 2018年、3月、耐震、新築立替工事が完成した。門扉、塀も新造された。
◆園部秀治 近代の画家・園部秀治(?-?)。詳細不明。京都聖三一教会信徒であり、同教会建設委員を務めた。京都聖三一教会堂の外観意匠の設計も担った。
◆バーガミニー 近現代のアメリカ合衆国人建築家・ジョン・バン・ウィ・バーガミニー(John van Wie Bergamini ,1888-1975)。詳細不明。チェコ生まれ。中国湖北省武漢市漢口の英国人租界に住した。1926年、関東大震災(1923)後の聖公会関係施設復興のために、アメリカ合衆国・エピスコパル宣教団から派遣された。1938年、一家で漢口に戻る。上海を経て、1943年頃、フィリピンに移る。収容所に収容された。1945年、アメリカ合衆国軍により救出された。87歳。
 関わった作品は、京都・平安女学院昭和館(1929)、日本聖公会京都聖三一教会(1930) 、立教学院校宅11号館・12号館(旧宣教師館)(1931)、福井・小浜聖ルカ教会増築(1931)、秋田聖救主教会概略設計(1931)、日本聖公会東京教区東京諸聖徒教会礼拝堂(1931) 、聖路加国際病院旧病棟・礼拝堂(1932-1933)、同病院内トイスラー記念館(1933)など。
◆建築 京都聖三一教会は近代、1930年に竣工した。10月に献堂され、12月にニコルス監督により聖別(聖なる使用のために、儀礼的に清める)を受けた。基本設計・外観意匠は信徒であり、建設委員を務めた画家・園部秀治による。実質設計は聖公会のミッション建築家・バーガーミニーが担当した。また、彦根の宮大工・宮川庄助が設計・施工に関わったともいう。1999年に建物の補強、創建当時の外観の復元・保存のために大修理工事を行う。同年10月に、国の登録有形文化財に指定された。2015年4月に、京都市景観重要建造物に指定されている。和風を基調にした木造教会建築の数少ない建物例の一つになる。ほかに、京都では日本聖公会桃山基督教会(1936)がある。 
 南面している。外観はハーフティンバースタイル(柱・梁・筋違などの骨組みを外に剥き出しにし、その間に壁充塡する)の教会建築になる。基礎は煉瓦、1階に縦板を張り、2階部分に土壁を半間毎に柱型を見せて真壁風造にした。外壁・柱に和風の趣を与え、屋根を桟瓦葺にした。これらの和風意匠は、園部の基本設計を基づき、バーガミニ自身も日本の教会堂に和風を取り入れることを望んだという。2階の妻部分に左官細工による十字架、葡萄の木の装飾が施されている。玄関扉には十字架の意匠がある。
 内部は1階に幼稚園教室、玄関ホール、大教室、小教室があり、北側に廊下を設けた。小教室の下には半地下室の倉庫が設けられている。小教室の床は大教室より40㎝高く、聖劇の舞台としても利用されたと見られている。
 2階に礼拝堂(会衆席80人)がある。幾何学的な曲線を付けた補強材の方杖(ほうずえ)を用いている。三角形を基本にする構造骨組のキングポストトラスを、天井に顕したトラス小屋組になっている。陸梁の両側には、寺院建築に用いられる絵様状の、葡萄の装飾彫刻を施した。説教台などにも同様の彫刻が見られる。『新約聖書』の中に「わたしはぶどうの木、あなたたちはその枝である」(ヨハネによる福音書5章)とあり、葡萄の木はイエス・キリストを象徴した。梁の形もユリの花を表している。ユリは純潔の象徴とされる。キリスト教と深い繋がりがあり、神の三位一体性を象徴した。入口開閉部上部に欄間が設けられ、縦の組子を密に並べた。縦長窓には創建当時からのオレンジ色の型板ガラスが嵌められている。西側端に内陣・祭壇を設けた。通りの西側に面するため、通常とは逆向きになっている。廊下を挟み東側に司祭室がある。漆喰壁になる。
 施工は棟梁・宮川庄助によるともいう。木造2階建、2×4(枠組み壁構造)方式、切妻造の屋根、桟瓦葺、建築面積182㎡。
 1967年頃に一部改造が行われた。階段踊り場より下層部分が、当初の東向きから南向きに変更された。この時、玄関ホールも増築された。1999年にも修理が行われている。
◆聖三一教会 近代、1893年に小川講義所(小川通今出川下ル)が開設され、京都聖三一教会の始まりになる。1898年には聖三一大聖堂(烏丸下立売)が落成する。煉瓦造の京都聖三一教会堂(現・聖アグネス教会堂)が竣工している。1923年に聖アグネス教会が法人として発足した。
 このため、1930年に聖三一教会は西部地区に伝道活動を広げるため現在地に移転した。現在の教会堂も新築されている。
◆イチョウ 園庭の中央に植えられている雌雄イチョウは、近代、1930年に現在地に移転した際に若木が植えられた。2005年3月に「中京区・区民誇りの木」として保存樹に指定されている。
 大木であり、降臨節(12月上旬)には、電飾が灯されクリスマスツリーに変わる。


*内部は通常非公開
原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 ウェブサイト「日本聖公会京都聖三一教会」、『京都市の近代化遺産 近代建築編』、『京都の洋館』、ウェブサイト「京都に洋風建築を伝えたミッション建築家-京都市文化観光資源保護財団」、ウェブサイト「設計組織DNA」、ウェブサイト「キリスト教という窓を通して- 立教大学大学院 文学研究科」、ウェブサイト「コトバンク」


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map 日本聖公会京都聖三一教会 〒604-8403 京都市中京区聚楽廻中町(じゅらくまわりなかまち)45-1 
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