哲学の道 (琵琶湖疏水分線 (京都市左京区) 
Tetsugaku no Michi (Philosopher's Walk)
哲学の道 哲学の道
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「哲学の道」の石碑

 「哲学の道」は、琵琶湖疏水に沿って、南の若王子橋から北の銀閣寺橋までの約1.8kmの散策道をいう。散策の道は、「日本の道100選」「京都の自然200選」に選ばれている。 
◆歴史年表 近代、1890年、琵琶湖疏水の完成後は、琵琶湖疏水分線として水道の原水を送っていた。疏水分線は、市内を流れているほかの河川とは反対に、南から北へ方向へ流れている。
 現代、1963年、整備され、現在の哲学の道の下に導水管が通された。その後、疏水を流れる水量が減っている。一時は疏水の埋め立て、道路を通す計画もあったが、遊歩道として再整備された。
 現在、春は450本のサクラ、初夏のホタル、秋の紅葉の名所となっている。
◆哲学の道
 哲学の道の名の由来は、「西田哲学」として、著書『善の研究』で知られ、「京都学派」の創始者、京都大学教授の西田幾太郎 (にしだ きたろう、1870-1945)に因む。また、京都大学教授・経済学者・河上肇(かわかみ はじめ、1879-1946)、哲学者・田中美智太郎(1902-1985)、哲学者・和辻哲郎(1889-1960)らもこの道を思索したことによるという
 「哲学の道」は当初、疏水巡回用の細い道に過ぎなかった。疏水の東にある小道が、ドイツ・ハイデルベルクの「哲学者の道」 (Philosophenweg)と似ていたことから「哲学の道」と名づけられた。
 ドイツ最古の大学が設立されたハイデルベルクでは、ネッカー川をはさんだ対岸に、哲学者の道があり、カントやヘーゲル、大学人らも散策した。
 ここから、疏水沿いの両道を「哲学の道」として総称するようになったともいわれている。道の途中に、西田幾太郎歌碑「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行なり」もある。
 また、太平洋戦争に学徒出陣した京大医学部の学生が、この「哲学者の道」から名づけたという説もある。
◆文学 田宮虎彦(1911-1988)の『卯の花くたし』『鹿ヶ谷』『琵琶湖疏水』に疏水界隈が登場する。田宮は三高時代(1930-1933)を京都で過ごし、その後東大に進学した。作品には、戦争前夜の閉塞した状況下、「私」、青年の心情が自伝的要素を含んで描かれている。
◆関雪桜 疏水の両岸には、450本のソメイヨシノなどのサクラ並木がある。そのうちの半数(12本とも)は、「関雪桜」と呼ばれる。1922年、日本画家の橋本関雪の妻・ヨネ(米子)により寄贈され、植栽された。関雪は、画壇で成功したお礼に、妻と相談して植えたといわれている。なお、橋本関雪記念館(白紗村荘)も銀閣寺道近くにある。
◆映画 銀閣寺道で現代劇映画「噂の女」(監督・溝口健二、1954年、大映)、現代劇映画「いちげんさん」(監督・森本功、1999年、スカイプランニング、ホリプロ)い゛は、視覚障がい者の京子(鈴木保奈美)が恋人と散策する。
◆自然 疏水一帯は、幼虫がアシブトシリアゲアリと共生関係にある珍蝶のキマダラルリツバメの生育地になっている。特異な生態で知られている。蝶の幼虫はクロマツ、アカマツの老木にあるアリの巣に運ばれる。アリは口移しに幼虫に餌を与える。幼虫はアリに蜜を出して与える。
 ゲンジボタル(京都市指定天然記念物)の生育地になっている。川には餌となるカワニナが生息し、増水などがない管理された川であることも幸いしている。毎年5月下旬から6月にかけてホタルを見ることができる。


*参考文献 『京都シネマップ 映画ロマン紀行』『京都絵になる風景』『京都の自然ふしぎ見聞録』『京都 神社と寺院の森』


  琵琶湖分線       琵琶湖疏水      白沙村荘・橋本関雪記念館       銀閣寺       法然院      南禅寺                

哲学の道沿いにある「幸せ地蔵尊」、みろく院

橋本関雪記念館(白紗村荘)


ユキヤナギ

サクラ

サクラ

ミツマタ

疏水では、例年、5月下旬-6月中旬にかけてゲンジボタルを目にすることができる。ヘイケボタルもいるという。ただ、近年数が減っているとも聞く。

【参照】ゲンジボタル(オス)


カキ

冬、ナンテン

哲学の道の中ほどにある西田幾太郎歌碑「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行なり」、閃緑岩(鞍馬石)。
map 哲学の道 京都市左京区
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