八坂神社御旅所 (京都市下京区) 
Yasakajinja-otabisho Shrine
八坂神社御旅所 八坂神社御旅所
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八坂神社御旅所


八坂神社御旅所


 貞安前之町(ていあんまえのちょう)、四条通南側に、八坂神社御旅所(やさかじんじゃ おたびしょ)がある。
 古くは「祇園御旅所」ともいわれた。周囲には御旅町、御旅宮本町の地名がいまも残る。
 八坂神社の境外末社・大政所社(殿)(おおまんどころ)社は、祭神に素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る。八坂神社の境外末社・少将井社(殿)は、櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと)を祀る。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 平安時代、974年、秦助正は祇園神降臨の神託を得る。蜘蛛の糸が、祇園社より自邸(下京区大政所町、烏丸通仏光寺下ル東側)の裏庭の塚まで続いていた。このため、邸内に御旅所を建て、祇園社の神輿を迎えたことに始まるという。(『御旅所社家ノ記(祇園社記)』)。
 1153年、4月、「祇園大政所」が焼失したと記されている。(『百錬抄』)
 1159年、11月、焼亡する。(『百錬抄』)
 鎌倉時代、1246年、6月、焼失した。(『百錬抄』)
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)の前後、「感神院大政所祇園旅所」「祇園旅所感神院」と記されており、旧地は下京区大政所町付近(大政所町東頬 [つら] 、上柳町南頬、高橋町西頬、匂天神町北頬)だった。(『中古京師内外地図』『中昔京師地図』)
 安土・桃山時代、大政所、祇園会の様などが描かれている。(『祇園社大政所参詣曼荼羅図』)
 1591年、慶長年間(1596-1615)とも、豊臣秀吉の命により現在地付近の四条寺町(下京区御旅宮本町)に遷されたという。一帯には、四条通を挟み南北に八坂神社の御旅所、末社が建ち並んでいた。
 江戸時代、御旅所では祇園山鉾の鬮改(くじあらた)めが行われていた。
 近代、1912年、2月、四条通の拡張工事に伴い、御旅所、末社が立退きになる。四条通の北側にあった北の社(太神宮社/大神宮、稲荷社)は、八坂神社に遷された。南の社は分断される。現在は、大政所殿、少将井、冠者殿社の3社のみが残されている。
◆御旅所の各社 ◈八坂神社の境外末社「北の社(大神宮/太神宮社、稲荷社)」は、遷されて四条通北側にあった。その後、八坂神社に遷された。
 ◈八坂神社の境外末社「大政所社(殿)」の祭神は素戔鳴尊であり、旧地は、烏丸通仏光寺下ル大政所町だった。現在地に遷され、四条通の南側にいまも残る 
 ◈八坂神社の境外末社「少将井社(殿)」の祭神は櫛稲田姫命であり、旧地は、車屋町通夷川上ル少将井御旅町だった。現在地に遷され、四条通の南側に残る。
 ◈八坂神社の境外末社「冠者殿社(冠者殿、官者殿社)」も、現在地に遷され、四条通の南側に残っている。
◆年間行事 祇園祭神輿渡御(7月17日-24日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都 歴史案内』『昭和京都名所図会 5 洛中』『京都大事典』『京都のご利益徹底ガイド』


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八坂神社御旅所 〒600-8031 京都市下京区貞安前之町,四条通寺町東入ル南側 
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