八坂神社御供社 (京都市中京区)
Yasakajinja-gokusha Shrine
八坂神社御供社 八坂神社御供社 
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「オハケ」、3基の神輿を迎えるための祭場
 堀川三条から西に入った三条通商店街にある八坂神社御供社(やさかじんじゃ -ごくうしゃ)は、御供町(おんとも-ちょう)にある。
 神泉苑の御霊会、祇園祭と関わり深い。祇園祭還幸祭では、神輿が当社に立ち寄る慣わしになっている。四条京極の御旅所に対し、御供社は「又旅所(またたびしょ)」とも呼ばれている。  
 祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめ)、八柱御子神(やはしらのみこがみ)になる。
◆歴史年表 平安時代、869年、都で疫病が流行し、神泉苑で御霊会が執り行われ、祇園祭の起源になる。社は神泉苑の南端に祀られていた。祭日(6月14日)には、当社に斎場が設けられ、祇園社の神輿3基を安置し、神饌(しんせん)を御供した。
 近代、1873年、村社になる。
 1906年、八坂神社の境外末社になった。
◆御供社 平安時代、869年に都で疫病が流行し、神泉苑で御霊会が執り行われ、祇園祭の起源になる。
 社は、かつて、神泉苑の広大な敷地の南端に祀られていた。御霊会では牛頭天王(ごずてんのう)を祀り悪疫退散を祈ったという。
 祭日(6月14日)には、当社に斎場が設けられ、祇園社の神輿3基を安置し、神饌(しんせん)を御供した。
 神饌とは神祇(じんぎ)に供える飲食物を意味し、この供物により御供社の社名になった。また、八坂神社の第2の御旅所なので「又旅所」と呼ばれたともいう。
◆オハケ神事 神泉苑と関わりある神事がいまも行なわれている。
 祇園祭還幸祭の前日、オハケ神事(7月23日)では、斎竹建(いみたけたて)が行われる。オハケ立ての神事ともいう。
 3基の神輿を迎えるための祭場オハケが設けられる。社の南側に芝生(縦70cm×横2.2m)が敷かれる。四隅に斎竹を立て、芝生に御幣が3本立てられる。芝生は、神泉苑の水辺を、御幣は3基の神輿を表すという。
◆年間行事 オハケ神事(7月23日)、社奉饌祭(7月24日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『京都大事典』


神泉苑   八坂神社   祇園祭      
八坂神社御供社 〒604-8331 京都市中京区御供町(おんとも-ちょう) 
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