八大神社 (京都市左京区) 
Hachidai-jinja Shrine
八大神社 八大神社 
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 八大神社(はちだい じんじゃ)は、八大天王社(八大天王)とも呼ばれた。一乗村の産土神として崇敬されてきた。宮本武蔵ゆかりの社といわれている。 
 祭神は氏神として素盞嗚命(すさのをのみこと)、稲田姫命(くしなだひめのみこと)、八王子命(はちおうじのみこと)を祀る。早良親王以下の八所御霊を祀るともいう。かつて祇園社と同じく、牛頭天王(ごずてんのう)、婆梨采女(はりさいじょ/はりさいにょ)、八王子の神仏習合の祭神を祀っていた。
 旧村社。かつて、比叡山麓(左京区)七里の産土神の一つ。京都洛北・森と水の会。
 勝負運祈願、必勝開運、禊祓い、農耕、水、森林、山、縁結び、和歌、方除厄除、学業成就などの信仰がある。
◆歴史年表 鎌倉時代、1294年、創建された。八大の名の由来とは、崇道天皇以下八所の御霊を意味するともいわれ御霊社となる。(社伝)
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)により焼失した。以後、荒廃する。
 安土・桃山時代、1596年、再建された。
 江戸時代、第108代・後水尾天皇(1596-1680)、霊元法皇(第112代、1654-1732)は、修学院離宮への御幸の際に当社に立ち寄り、奉幣を授けたという。
 1681年、一乗寺の八大天王社は上下3村にあり、祭礼(3月5日)について記されている。祭神に早良親王(祟道天皇)ら八所御霊を祀るとし、社号の由来になったとしている。(「東西歴覧記」)
 1682年、一乗寺の八大天王の祭礼(3月5日)について記されている。(「雍州府志」)
 近代、1872年、旧舞楽寺天王社(八王子社、ふかく寺の社)を合併する。末社・諏訪神社、八幡神社は、八大神社に遷座された。(「京都府愛宕郡村志」)
 1873年、藪里・比良木天王社(牛頭天王社)を合併した。(「京都府愛宕郡村志」) 
 明治期(1868-1912)、現在の社殿が建てられた。
 1926年、現在の本殿が造営される。
宮本武蔵 江戸時代前期の剣客・宮本武蔵(みやもと むさし、1584-1645)。美作国、播磨に生まれたともいう。武芸者・平田無二斎の次男ともいう。剣術に優れ、13歳で新当流の有馬喜兵衛との勝負に勝って以来、以後一度も負けなかったという。21歳の時に上洛した。1612年、舟島(巌流島)で佐々木小次郎と決闘、大坂の陣(1614-1615)に参戦、小倉藩主小笠原忠真の客分として、1637年、島原の乱では軍監として出陣した。肥後熊本藩主細川忠利に招かれ熊本千葉城址に住み、『兵法三十五箇条』、霊巌洞で『五輪書』を執筆した。二刀流(円明流、二天一流、宮本流)の開祖。書画などにも優れていた。
 1604年、吉岡一門との「一乗寺下り松の戦」の前に当社に立ち寄ったという。武蔵は、蓮台野で道場主・吉岡清十郎を倒し、三十三間堂で弟・伝七郎を斬った。一乗寺下り松では、一門70数人を相手に戦う。武蔵は洛中を避け、東山より現れた。まず、当主・源次郎を討ち、次々になぎ倒したという。八大神社境内には、決闘した場所にあった下り松の枯死した切り株が残されている。
◆舞楽寺 舞楽寺(ぶがくじ)はかつて、左京区一乗寺の南にある天台宗の寺院だったという。創建時期、開山は不明。「逢客寺(ぶがくじ)」とも記されている。(「薩戒記」、1425)。
 鎌倉時代、親鸞が同寺で水垢離(みずごり)をとると、飛鳥時代の厩戸王(聖徳太子、574-622)の影向があったとされる。戦国時代に廃寺になった。(「京都府愛宕郡村志」)。
 境内の鎮守社として舞楽寺天王社(八王子社、ふかく寺の社)が祀られていた。産土神として信仰された。近代、1872年、末社・諏訪神社、八幡神社は、八代神社に遷された。
◆七里の産土神 かつて比叡山麓(左京区)に七里(ななさと)の産土神が祀られていた。
 七社とは、一乗村・八大神社、高野村・御霊社(現・祟道神社)、修学院村・天主社(現・鷺森神社)、舞楽寺・天王社(八王子社、後に現・八大神社に合祀)、藪里・比良木天王社(牛頭天王社、後に現・八大神社に合祀)、山端・牛頭天王社、白川村・天王社(現・北白川天満宮)だった。
 祭礼(七里祭、さんやれ祭)(3月5日)では、修学院天王社に各社の神輿が集まった。
◆樹木 鳥居前にクロガネモチがある。
 一乗寺下り松に4代目のクロマツがある。本来は枝の垂れたアカマだったともいう。
 モミがある。
◆結婚式 神前結婚式が挙げられる。
◆年間行事 例大祭(5月)、八朔祭(お千度)・鉄扇音頭奉納(京都市無形文化財指定)(8月31日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都大事典』『雍州府志』『京都歩きの愉しみ』『京都 神社と寺院の森』


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下り松にあったというクロマツの古木、1945年頃までは健在だったという。

宮本武蔵像

【参照】神社の西にある宮本武蔵が吉岡一門と決闘したというクロマツの「下り松」(一乗寺の下り松)(左京区一乗寺花ノ木町)。いまは記念碑(1921)が立つ。この付近は、比叡山の西の登り口として栄え「西坂本」ともいわれた。松は旅人の目印に植えられ、現在のものは4代目になる。
 平安時代中期-南北朝時代、天台宗の一乗寺という寺があったため地名に残る。一条天皇中宮藤原晶子の御願寺になる。延暦寺の宗徒、南北朝の北朝・細川の軍により焼かれ、以後再建されなかった。 
 八大神社 〒606-8156 京都市左京区一乗寺松原町1  075-781-9076  9:00-17:00
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