狸谷山不動院・元勝軍地蔵 (京都市左京区)  
Tanukidanisan-fudo-in Temple
狸谷山不動院・元勝軍地蔵 狸谷山不動院・元勝軍地蔵 
  Home   Home



交通安全自動車祈祷殿


交通安全自動車祈祷殿


交通安全自動車祈祷殿


交通安全自動車祈祷殿


境内の交通安全自動車祈祷殿付近からは、五山送り火の「法」と正面に船形などが見える。


世継ぎ地蔵尊



世継ぎ地蔵尊


 東山の山腹、瓜生(うりゅう)山の北西に狸谷山不動院(たぬきだにさん ふどういん)はある。参道は長い石段を登りきる。「狸谷のお不動さん」として親しまれ、多くの狸の置物が奉納されている。正式には、大本山一乗寺狸谷不動院という。
 真言宗の単立寺院。本尊は不動明王像(咤怒鬼<たぬき>不動明王)。 
 京都洛北・森と水の会。
 悪鬼追散、災難除け、商売繁盛、健康長寿、癌封じ、交通安全などの信仰篤い。
◆歴史年表 平安時代、この地が都の北東にあたり鬼門であることから、第50代・桓武天皇勅願の不動尊を守護神として安置したのが始まりという。(寺伝)
 鎌倉時代、建長年間(1249-1256)、1249年とも、現在の本堂内にある石窟に不動尊を遷し安置したという。
 江戸時代、1604年、剣豪・宮本武蔵は、狸谷山中で滝修行を行い、不動心を感得したという。
 享保年間(1716-1736)、1718年、1720年とも、木食(もくじき)上人・正禅(しょうぜん、養阿)が入籠した。木食とは、木食戒という穀断ちにより、木の実、草のみを食する行を受けた僧をいう。この頃、高さ、奥行き2尺(60cm)ほどの石窟には、石像の不動尊が安置されていた。正禅は崇敬を集め、参拝者が絶えなかったという。(「拾遺都名所図会」)。以来、正禅は17年間参籠する。
 近代、1868年、神仏分離令後の廃仏毀釈、修験道廃止により荒廃した。
 明治期(1868-1912)後期、郷土の有志により復興に向けた整備が始まる。
 1944年、大僧正亮栄(りょうえい)が入山し、「修験道大本山一乗寺狸谷不動院」として寺法制定、開山1世貫主(かんず)として再興する。
 現代、1947年、寺域は拡張され、現在の懸崖造の本殿も造営されている。
◆養阿 江戸時代の木食僧・養阿(ようあ、1687?-1763)。村上正禅明厚。木食正禅、木食養阿などとも称した。丹波国桑田郡保津村の村上庄右衛門の子。幼くして父を亡くし、京都銀座の手代を経て、24歳で泉涌寺・雲竜院の恵雄により出家、朋厚房正禅と名乗った。1711年、高野山に上り、木食恵昌に師事、五穀を断ち木の実を食する木食行に入る。甲賀郡安養寺(現嶺南寺)、高野山で木食大戒を修めて大阿闍梨になる。信濃の善光寺、美濃の国一円を行脚した。七条大宮の梅香庵に住し、念仏聖として洛中洛外の無縁墓地を回り供養、名号碑を建立した。1719年、勧進により弥陀如来像を造立し真如堂に安置した。享保年間(1716-1736)、1718年、1720年とも、狸谷不動院で入籠し木食行に入る。以来、17年間参籠する。参詣者が絶えず、幕府の弾圧により五条坂に移る。1725年、安祥院を再興し、勧進により、1738年、日ノ岡峠、1747年頃、渋谷街道の修築工事を行い、峠道の管理所、休憩所の梅香庵(木食寺)を建てた。1752年、松明殿稲荷神社に井戸を掘る。石橋の架設、寺社の敷石などの土木工事も行う。1741年、法橋上人位を授与され、養阿に改めた。安祥院で即身仏になり墓塔に納められた。
◆本尊 本尊奥の不動明王像は、三尊合体不動といわれ、内面と中間に阿弥陀如来、如意観音を顕す。平安京東北の鬼門守護として、第50代・桓武天皇により祭祀されたという。当初は「咤怒鬼(たぬき)不動明王」と呼ばれ、悪鬼退散の霊験があった。咤怒鬼とは、不動明王の破邪顕正の憤怒力を表した。鎌倉時代、1249年、洞窟(現在の本堂付近)に安置され、公家殿上人のみならず都人の信仰を集めた。江戸時代、1604年に剣豪宮本武蔵は、山中で滝行を行い、不動心を感得したという。
◆奥の院 奥の院は、標高301mの山頂にある。木食の参籠以後、篤い信仰がある。
 狸谷不動院の本堂脇から東の瓜生山(勝軍山)に入ると、元勝軍地蔵尊道が山頂まで続いている。道々で三十六童子の巡拝ができる。
 山頂(301m)には、室町時代、近江・戦国大名の六角定頼(1495-1552)が、1520年に安置したという勝軍地蔵が祀られていた。1527年には、室町幕府管領・細川高国(1484-1531)が山頂に北白川城を築いている。江戸時代には、痘瘡無難の塞ノ神として信仰を集めたという。
 1762年、山道を登り降りする参詣が困難なことから、北白川門跡寺照高院二品忠誉法親王(1722-1788)により、南の西山・勝軍地蔵堂(バプテスト病院)に遷された。これは、山中峠に近い丸山という山であり、こちらも瓜生山と呼ばれたという。
 現在は奥の院の堂に、幸龍大権現が祀られている。背後(北)の石室は当時のまま残され、その後祀られた地蔵菩薩が安置されている。
◆狸 境内には多くの狸の置物が祀られている。当院の山号も、狸谷山(たぬきだにさん)と称する。
 狸は、本尊の「咤怒鬼(たぬき)不動明王」に由来するという。咤怒鬼とは、不動明王の破邪顕正(はじゃけんしょう、誤った見解や教などを退け、仏法の正しい見解、実践、教えをあらわし示す)の憤怒力を表し、悪鬼退散の霊験があるとされた。この「咤怒鬼不動明王」が拡大解釈され、語呂合わせにより狸に結び付いた。動物神としての狸信仰により、狸の置物の奉納が生まれたという。
◆宮本武蔵 剣豪・宮本武蔵(1584?-1645)が、剣の奥義を会得するために打たれたという滝が境内近くにある。
 
江戸時代、1605年、武蔵は吉岡清十郎一門との下がり松での決闘に際して、この滝に打たれ、不動尊の右手に持つ「降摩の利剣の極意を得た」という。その時、敵への憎悪ではなく己の恐怖・煩悩に打ち克ち勝利したという。 
◆修行体験 火渡り(火渡り祭)に参加できる。7月28日、19:00、本殿前。本殿で一字写経ができる。
 春に大峰山入峰修行(奈良県吉野郡)で登山行、水行、捨身行(西の覗)、岩場の修行、護摩行(お勤め)などを行う。
◆年間行事 初不動(がん封じの笹酒の接待)(1月28日)、節分会(2月3日)、春まつり・大祭(5月3日)、火渡り祭(7月28日)、秋祭り・大祭(11月3日)。
 縁日(毎月3日)。


*一般的な順路に従って案内しています。
*年間行事は中止、日時変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都の寺社505を歩く 上』『京都市の地名』『京都大事典』京都「癒しの道」案内』『京都の地名 検証2』『京都のご利益手帖』『京都歩きの愉しみ』



  関連・周辺地蔵・勝軍山城・北白川城出丸    周辺詩仙堂      周辺野仏庵      周辺石川丈山墓      周辺元勝軍蔵尊・瓜生山      関連安祥院(日限地蔵)       関連松明殿稲荷神社         

狸の置物


白竜弁財天は、江戸時代、1720年、木食明厚上人がこの地で参籠した際に、一切衆生の苦難、恐怖を除き、財宝福利を与え給えとして奉納したものという。白龍弁財天は、インドのサラバチ河を神格化したものといい、水神として祀られている。左手に弓、刀、斧、羂索を持ち、右手に矢、三鈷、宝輪を持つ。15の童子に守護され、竜神が付き添っている。 

健康階段、本堂下まで250段ある。

七福神

迎え大師、杉の巨木 

迎え大師 

光明殿、やすらぎ廟(納骨堂)

光明殿

光明殿、弘法大師木像

光明殿、四国八十八ヶ所お砂ふみ霊場

    

光明殿、四国八十八ヶ所お砂ふみ霊場

光明殿、「木食上人参籠之地」の石碑

光明殿、石造十三仏

参道の石段、境内までは250段ある。

三社大明神


三社大明神衣食住の神、江戸時代、享保年間(1716-1735)、木食明厚上人により勧請された。玉姫大明神(衣)、清隆大明神住(食)、白玉祈木大明神住(住・愛)を祀る。狸谷山に古くより祀られていたという便所(トイレ)の神が2011年に遷された。

美人になれるトイレの神様「うすさま明王のお札」

手水舎

柴灯護摩道場

武蔵の滝、不動明王

武蔵の滝、宮本武蔵修行の滝、江戸時代、1605年、武蔵は吉岡清十郎一門との下がり松での決闘に際してこの滝に打たれ、不動尊の右手に持つ「降摩の利剣の極意を得た」という。その時、、敵への憎悪ではなく己の恐怖・煩悩に打ち克ち勝利したという。 

武蔵の滝


水乃口不動尊

水乃口不動尊

恵比須、大黒天

女厄坂

石室

石室、役の行者・神変大菩薩を祀る。

水子不動尊

水子不動尊

本堂  

本堂  

本堂  

本堂、京都市街地、西山が眺望できる。

本堂、舞台

行者坊

男厄坂、本堂に上る石段は44段ある。


本堂懸崖に掛けられている巨大な弓と矢
奥の院・元勝軍地蔵菩薩
 


瓜生山山頂までは三十六童子の巡拝のための石仏が導く。1番・こんがら童子。

「元勝軍地蔵尊道」の石標

奥之院、幸龍大権現、瓜生山山頂に建つ。

扁額「奥之院 幸龍大権現」

奥之院、幸龍大権現

元勝軍地蔵菩薩

石室跡

現在祀られている地蔵菩薩

山頂付近からの眺望はきかない。木々の間に垣間見えた京都市内。
 狸谷山不動院 〒606-8156 京都市左京区一乗寺松原  075-722-0025  9:00-16:00
  Home     Home  
 © 2006- Kyotofukoh,京都風光