土佐陸援隊屯所跡 (京都市左京区)  
The ruins of Tosa-rikuentai military post
土佐陸援隊屯所跡 土佐陸援隊屯所跡
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京都大学農学部構内に安置されている地蔵尊



 京都大学農学部付近には、江戸時代末の一時期に、土佐の中岡慎太郎らが結成した土佐陸援隊屯所が置かれていた。
◆歴史年表 江戸時代、1866年、白川村の白川土佐藩邸は、土佐藩士・福岡孝(たかちか)、小笠原唯八の周旋により購入された。
 1867年、7月27日、土佐藩の参政・由比猪内、大監察・佐々木三四郎が中岡慎太郎に屯所の借用承諾を与える。7月29日、慎太郎は土佐陸援隊を結成し、藩邸が屯所にあてられた。11月15日(新暦12月10日)、慎太郎は坂本龍馬とともに、近江屋で暗殺された。(近江屋事件)。峯吉は、屯所に裸馬を走らせ、報を知らせたという。
◆中岡慎太郎 幕末の尊攘派志士・中岡慎太郎(なかおか しんたろう、1836-1867)。土佐藩郷士・庄屋中岡小伝次の子。1855年、武市瑞山の道場に入門し坂本龍馬を知る。1861年、土佐勤王党の血盟文に署名した。1862年、五十人組結成に参加し、江戸で山内豊信の警護に当たる。1863年、帰郷し、尊攘派の弾圧により脱藩し、長州で三条実美らの護衛に当たる。1864年、上洛し、長州軍として禁門の変に参加する。敗れ、長州藩に逃れ忠勇隊隊長になる。以来、各所で薩長の和解に尽力する。1867年、脱藩の罪を許され、土佐藩より陸援隊隊長に任命される。同年、薩土盟約締結に立ち合う。中岡は三条実美と岩倉具視、西郷隆盛と高杉晋作を連携させた。龍馬とともに近江屋で襲われ負傷、その後亡くなる。著『時勢論』(1867)。30歳。
 墓は霊山(東山区)にある。
◆土地藩邸 江戸時代、1866年に白川村の白川土佐藩邸は、土佐藩氏・福岡孝弟(たかちか)、小笠原唯八の周旋により購入された。土佐藩兵の上京の際の駐屯地としていた。
 1867年、7月27日、参政・由比猪内、大監察・佐々木三四郎が中岡慎太郎に藩邸の借用承諾を与えた。7月29日、慎太郎は土佐陸戦隊を結成した。屯所は白川藩邸に新築されている。大坂の住吉陣営の古材が運ばれ再利用された。屋根瓦は、安芸の瓦屋の「安喜寅」などが利用された。慎太郎は、寓居のあった柳馬場より屯所に移っている。11月15日(新暦12月10日)、慎太郎は坂本龍馬とともに、近江屋で暗殺される。峯吉は、屯所に裸馬を走らせ報を知らせたという。藩邸の医者・川村栄進(盈進)が慎太郎、藤吉に手当てをした。11月17日(新暦12月12日)、慎太郎は、隊員に見守られながら息を引き取る。
◆遺構 土佐藩邸の遺構としては、北部キャンパスから、藩邸南限を示す塀跡が見つかっている。
 土佐産の桟瓦が大量に出土している。
◆陸援隊 江戸時代後期、1867年2月、中岡慎太郎は、坂本龍馬とともに高知藩に脱藩の罪を許された。4月、藩は龍馬を海援隊長に、中岡を陸援隊長に任じた。両隊は「両援隊」と呼ばれた。
 陸援隊は、7月29日に隊士11人で結成された。藩主・山内豊信(容堂)の護衛のための五十人組を前身にする。慎太郎は、1862年、五十人組結成に参加し、江戸で山内豊信の警護に当たっている。
 陸援隊は高杉晋作の奇兵隊を参考にした。白川の高知藩邸内に置かれ、藩の遊軍としての軍隊に位置付けられた。藩の経済援助を受けた。新国家樹立のために、薩長による討幕運動も視野に入れ、挙兵の訓練を行った。
 隊員は、土佐を中心にし、各藩の浪士、十津川郷士も加えた。田中顕助(光顕)を副隊長格とし、香川敬三、中島信行、大江卓らも参加する。薩摩藩から洋式銃隊訓練を受けた。
 11月15日(新暦12月10日)に、慎太郎は龍馬とともに暗殺される。隊は顕助らが引き継いだ。12月8日、隊は、侍従・鷲尾隆聚を擁して、高野山に1000人の兵が集まる。隊は紀伊・大和などの佐幕勢力を抑えた。1868年1月の鳥羽・伏見の戦い加わった後に、京都に1300人の兵員で戻った。その後、隊は解散になり、親兵に編入された。


*原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*年間行事(拝観)などは、中止、日時・内容変更の場合があります。
*参考文献 『京都大事典』『京都 幕末維新かくれ史跡を歩く』、ウェブサイト「コトバンク」


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京都市内史跡地図 平安京オーバレイマップ・碑・発掘調
map 土佐陸援隊屯所跡 〒606-8224 京都市左京区北白川追分町
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