月心寺・走井・走井居 (大津市)
Gesshin-ji temple
月心寺・走井・走井居   月心寺・走井・走井居 
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月心寺、石垣、膳所城の石垣を移築したという。




月心寺、山門


月心寺、山門


月心寺、山門「瑞米山月心寺」




月心寺、本堂





走井居


走井居



走井居



走井居、「東海第一泉」の扁額



走井居、明治天皇御休息處


明治天皇駐蹕(ちゅうひつ、一時滞在)之處」の石標
 逢坂関(おうさかのせき)より、京都よりの国道一号線(旧東海道)南側に、月心寺(げっしんじ)がある。通称は大津逢坂山月心寺という。山号は瑞米山(ずいべいざん)という。
 境内の東に隣接して、かつて橋本関雪の別荘だった「走井居(はしりいきょ)」が残されている。
 臨済宗系単立寺院、本尊は童形聖徳太子(厩戸王)像。
◆歴史年表 江戸時代、1764年、逢坂関近くの東海道にあった名泉「走井」の水により、初代・井口市郎右衛門正勝は餡餅を作った。井水に因み「走井餅」と呼ばれる。江戸時代中期、この地は茶屋の所有になる。餅は走井茶屋で出され、街道を往来する旅人の間で名物になった。
 近代、明治期(1868-1912)初期、この地に走井餅本舗が創業する。
 1868年、第122代・明治天皇が初行幸に際し、走井茶屋の井口市郎右衛門宅で休止する。その時の「如在殿」は「御駐在處」として残される。
 1869年、明治天皇が再行幸する。
 1910年、走井茶屋は、6代・井口市郎右衛門の4男・嘉四郎により、八幡・石清水八幡宮社前に移される。鉄道開通に伴い、街道筋の宿場が廃れたことによる。その後、間もなく大津の本家は廃業し、茶屋は人手に渡る。
 1915年、日本画家・橋本関雪(1883-1945)は、荒廃していた走井茶屋跡地を別荘「走井居」として購入した。
 1927年、走井居に面している国道1号線の拡幅工事が行われ、敷地が縮小される。関雪は庭園の一部を改修する。
 1939年、「走井居」の西の山林300坪を新たに購入する。
 現代、1946年、関雪没後、天龍寺・慈済院の村上獨譚老師を開山に迎え、走井居の西に隣接して月心寺が創建された。開基は関雪による。寺号は、関雪の戒名「月心院空厳関雪居士」、夫人・ヨネの戒名「玉質院浄貞瑞米大姉」による。持仏堂、山門、雨花亭などが建てられた。関雪は月心寺に葬られる。寺はユースホステルとして開放された。
 1957年、歌人・吉井勇が月心寺の関雪法要に詣でる。
 1975年、村瀬明道尼が2世になる。
 1977年、村上獨譚が亡くなる。月心寺に葬られた。
 1983年、6年の歳月をかけ諸堂修繕を終える。
 2011年より、走井居、寺院は橋本家が管理する。
 2013年、2世・村瀬明道尼が亡くなる。
◆村上獨譚 近現代の僧・村上獨譚(むらかみ どくたん、?-1977)。当初は曹洞宗だった。神戸・徳光院の高木龍淵のもとで修業した。東洋大学に進む。天龍寺の関精拙に請われ、天龍寺・慈済院住持、1937年、中国に従軍僧として赴く。1940年、舟山列島・普陀山島・観音正寺に住した。スパイ嫌疑の銃殺刑を免れ、重慶俘虜収容所に5年間抑留される。1946年、帰国、慈済院に戻る。日本画家・橋本関雪と親交があり、月心院の開山になる。88歳。
◆村瀬明道尼 近現代の臨済宗の尼僧・村瀬明道尼(むらせ みょうどう に、1924-2013)。僧名は宗清。月心寺庵主。愛知県生まれ。米屋の9人兄弟の5番目。9歳の時、京都の尼寺・高源寺で出家。「法華経」8巻を写経する。小学校卒業後、14歳で美濃尼衆学林に入学。岐阜・天衣寺で修行した。1943年、高源寺に戻る。戦時中は、日本電池で書記をした。京都・円光尼僧堂、岐阜・慈勝寺で裁縫修行する。1949年、八幡・水月寺の副住職、33歳より年上の老師・円山蒼谷(まるやま そうこく)と恋うる。高源寺、無住の福井・海見寺住職、大徳寺・芳春院に移る。僧籍剥奪される。1961年、月心寺に入る。1963年、39歳で交通事故に遭い、九死に一生を得た。9か月間の入院後、右手、右足の自由を失う。1968年より3年、円光寺大改修の監督に就く。1972年より3年間、天衣寺(てんねいじ)住持、岐阜・尼衆学林の林長になる。1975年、月心寺2世になる。河内松庵、「吉兆」創業者・湯木貞一の指南により、典座方として精進料理を手掛けた。左手だけで日常生活、調理を行った。走井の水を用い、夜半に胡麻を摺った胡麻豆腐が評判になる。書に秀でた。裁縫、茶、三味線も嗜む。
 湯木は、「天下一とほめすぎてもほめすぎではない」と評し、「精進料理の明道尼」と呼ばれる。随筆家・白洲正子は、「一休和尚を女にしたような尼さん」と評した。NHK朝の連続テレビ小説「ほんまもん」の、青風寺の庵主・桜井泉恵尼のモデルになる。白洲正子、永六輔も寺を訪れた。
◆本尊・木像 本尊は、鎌倉時代の「童形聖徳太子(厩戸王)立像」になる。関雪夫人・の持念だった。
 「小町百歳堂」には、小町百歳像を祀る。小野小町は逢坂山の関寺付近に住み、この地が終焉の場とされた。茶屋の初代が関寺より譲られた。鎌倉時代の仏師・運慶(?-1224)作ともいう。
◆建築 山門、本堂(持仏堂)がある。
◆走井 江戸時代、逢坂山、追分付近は、街道の両側に茶店、土産物店(大津絵、大津算盤、縫い針)が建ち並んだ。旅人、牛馬の往来は、東海道随一の賑わいを見せた。街道筋に、名泉といわれた「走井」があり、第13代・成務天皇(生没年不詳)の産湯にも用いられたという。
 名水について、平安時代初期、「逢坂の関に流るる石清水言はで心に思ひこそすれ」(『古今和歌集』恋一、五三七)とある。平安時代中期、清少納言は『枕草子』に三名水の一つとして記している。168段に「井は、ほりかねの井。走り井は逢坂なるがをかしき。」とある970年、藤原道綱母が逢坂越をする。逢坂の霊水で手足を冷やしたという。(『蜻蛉日記』)。謡曲「蝉丸」にも走井が登場する。蝉丸は、生まれつきの盲目のため、勅命により廷臣・清貫は、蝉丸を逢坂山に捨てるために連れて行く。
 走井居の門を入った左手に石の蹲踞「走井」がある。3代目になる井筒が残されている。かつては、「噴井(ふきい)」として街道の傍らにあった。
 庭園の正面に滝組もある。その流れの上方に清水の湧水があり、かつて「元井(もとい)」と呼ばれていた。白洲正子は、山上より下まで水が走っていたことから「走井」と命名されたのではないかと類推している。(『日本のたくみ』)。
◆走井居・庭園 走井居とは、橋本関雪により建てられた。名泉「走井」に因み名付けられる。
 走井居は、数寄屋造になる。1868年、明治天皇の初行幸に際して、当地に立ち寄り小休止に使った「御休息處(おんきゅうそくどころ)」の「如在殿(にょざいでん)」が残る。「小町百歳堂(こまち ももとせどう)」は、平安時代前期の女流歌人・小野小町が逢坂山の関寺付近に住み、この地が終焉の場とされたことから建てられた。小町百歳像を祀る。「三聖祀(さんせいし)」は、平安時代前期の伝説的歌人・蝉丸が庵を結んだ跡地とされる。「薬師堂」には、走井から出土した石造の「篠原薬師」が安置されている。また、土中から出土し、眼病に霊験あるともいう。
 走井居には池泉回遊式庭園がある。関雪は、走井茶屋の移転に伴い、かつてあった「走井庭園」の遺物などが散逸することを惜しみ、この地を手に入れた。 作庭は室町時代後期の画家・相阿弥(?-1525)とされる。南の山を背景にして大小の石組があり、正面に滝組もある。水は池に注いでいる。関雪も作庭した。1927年、国道1号線の拡幅工事に伴い、池の半分を埋め、石橋を架けた。中央部に、水神諸霊祭祀の祠が祀られている。江戸時代の俳人・松尾芭蕉(1644-1694)が詠んだ、「大津繪の筆の初めは何仏」の句碑が立つ。
◆走井餅 江戸時代、1764年、初代・井口市郎右衛門正勝が餡餅を作った。走井に因み「走井餅」と名付ける。餅は、走井茶屋(現在の走井居付近)で供され、街道を往来する旅人の名物になる。餅の形は紡錘形をしており、両端は尖る。井泉の勢いある水の流れ、水滴を表したという。また、刀の荒身を模したともいう。平安時代の刀鍛冶・三條小鍛冶宗近は、走井で名剣を鍛えたとの故事に因み、餅は剣難を逃れるとされ、開運出世の縁起も担がれた。
 歌川(安藤)広重の浮世絵「東海道五十三次」(1833-1834)にも走井茶屋も描かれている。「大津 走井茶屋」とあり、茅葺の茶店内で旅人が休息している。店先に井筒があり、勢いよく四方に湧水する。街道では牛に牽かれた3台の大八車が差し掛かり、米俵の荷を積んでいる。
 上方落語『伊勢参宮神乃賑(『東の旅』)』にも走井餅は登場する。喜六と清八の伊勢参り道中を描く。二人は、逢坂関で乞食に絡まれた侍を助けたことから、名物の走井餅を奢られる。
 近代、1910年、6代・井口市郎右衛門の4男・嘉四郎の時、走井茶屋は石清水八幡宮の社前に移り、いまも店を開いている。その後、間もなく大津の本家は廃業したという。
◆石垣
 月心寺の登り口に組まれた石垣は、旧膳所(ぜぜ)城の石垣を移築したものという。
◆文学 白洲正子が『日本のたくみ』に走井居のことを記している。
 歌人・吉井勇は1957年の関雪13回忌法要に月心寺を詣で4首を詠んだ。「月心寺開山の日のしづけさをひとり味ふ香をたきつつ」。作家・谷崎潤一郎は『老後の春』に関雪忌のことを記している。
◆墓 境内に橋本関雪夫妻の無地の五輪塔が立つ。鎌倉時代のもので国東半島にあった。
 村上獨譚の塔が立つ。
◆樹木 樹齢600年という楓の大木が数本ある。椿、山茶花がある。
◆年間行事 関雪忌(2月26日)、聖徳太子(厩戸王)祭(4月第3日曜日)、村上獨譚開山忌(6月18日)。


*通常は非公開。

*年間行事(拝観)などは、中止・日時・内容変更の場合があります。
*参考文献 『京の古道を歩く』『ほんまもんでいきなはれ』『月心寺での料理』『あかん人なんて絶対いない』『京都の地名検証 3』 、サイト「白沙村荘 橋本関雪記念館」、サイト「やわた走井餅老舗」


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【参照】やわた走井餅老舗(八幡市)

【参照】やわた走井餅老舗

【参照】走井餅
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map  月心寺・走井居跡  〒520-0062  滋賀県大津市大谷町27-9   
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