清和天皇 水尾山陵 (京都市右京区)
Imperial mausoleum of Emperor Seiwa
清和天皇陵(水尾山陵)  清和天皇陵(水尾山陵) 
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表示板、この地点より1.5km(徒歩20分)とある。


手前の山、清和山の中腹に山陵はある。


ユズ畑の中を通る。


ユズ


「左 清和天皇水尾山陵」の石標



下りの石畳


水尾川



登りの参道
 嵯峨水尾清和の森の中、石畳みの参道を辿ると清和天皇水尾山陵(せいわ てんのう みずのおやまのみささぎ)がある。清和天皇陵ともいう。
 清和山(水尾山、標高487m)の中腹(標高300m)にあり、清和天皇が葬られている。 
◆歴史年表 平安時代、880年、第56代・清和天皇が水尾山寺を訪れ、終生の地と定めて仏堂造営を行う。天皇は病により鴨川東にあった粟田山荘(粟田院、のちの円覚寺、東山粟田口)に移る。12月4日、その地で亡くなる。12月7日、背後の粟田山で火葬にされた。遺骨は、水尾山寺の近くの地(現在の清和天皇水尾山陵)に埋葬される。薄葬の遺詔があり山陵は築かれなかった。
 江戸時代、1862年-1863年、文久の修陵では、現在地が修補された。
 1867年、『文久山陵図』には、矢来に囲まれた石卒塔婆が描かれている。その後、石垣が築かれ、木扉も付けられた。
清和天皇 平安時代前期の第56代・清和天皇(せいわ てんのう、850-880)。惟仁(これひと)。水尾帝(水尾天皇)、水尾御門とも呼ばれた。第55代・文徳天皇の第4皇子、母は藤原良房の娘・明子(あきらけいこ、染殿皇后)。良房の染殿邸に生まれた。850年、兄の3親王(惟喬、惟条、惟彦)を差し置き、生後8カ月で立皇太子になる。858年、9歳で即位し、後見した外祖父・良房が人臣(臣下)最初の摂政になる。(正式には866年以降)。866年、応天門の変が起こり、大伴家が没落する。良房が権勢を誇る。876年、天皇は27歳で基経の妹・女御・藤原高子との間の3カ月の貞明(さだあきら)親王(第57代・陽成天皇)に譲位した。以後、藤原北家良房一門の権勢は確立された。879年、出家し、素真と称した。清和院(旧染殿邸)に移る。良房の養子・基経の粟田山荘(後の円覚寺)で落飾する。畿内巡幸の旅へ出る。棲霞観(清凉寺)に住み、天台宗の名刹・水尾山寺に入寺したという。勅命により「貞観格式」が編まれた。880年、粟田山荘に移り没した。 
 金戒光明寺裏山に火葬塚があり、経塚とされている。1926年、治定された。嵯峨水尾山(水尾山陵)に葬られた。僧の身になった天皇は生前に、薄葬、陵墓を造営しないようにと遺詔している。 
 後世、武門の棟梁となる清和源氏の始祖とされた。
◆陵墓 陵形は円丘であり、西面している。瑞門、透堀がある。
 880年、第56代・清和天皇が水尾山寺を訪れ、終生の地と定めて仏堂造営を行う。天皇は病により鴨川東にあった粟田山荘(粟田院、のちの円覚寺、東山粟田口)に移る。12月4日、その地で亡くなる。12月7日、背後の粟田山(金戒光明寺裏山、上粟田山)で火葬される。遺骨は、水尾山寺の近くこの地(現在の清和天皇水尾山陵)に埋葬される。薄葬の遺詔があり山陵は築かれなかった。『延喜式』諸陵寮にも記されていない。
 江戸時代、1862年-1863年の文久の修陵では、現在地が修補された。1867年の『文久山陵図』には、荒廃し散乱した矢来内の石卒塔婆が描かれている。その後、「成功」図で修陵された様が描かれている。石垣が築かれ、木扉も付けられた。


55 文徳天皇 (在位:850-858)→56 清和天皇 (在位:858-876) →57 陽成天皇 (在位:876-884)


*水尾の居住地区を離れると、府道50号線沿いに表示板があります。この地点より左手の細い道に入り、柚子の植えられている山道を抜けて、一度、谷川(水尾川)まで下り小橋を渡ります。ここより九十九折の参道を登り始め、清和山の中腹(標高300m)にある御陵に着きます。道は砂利、石畳で整備され歩きやすくなっています。雨の際には、石畳は滑りやすく注意が必要です。なお、途中に人家はありません。片道1.5km、20分ほど。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都市の地名』『天皇陵を訪ねて』『昭和京都名所図会 4 洛西』『検証 天皇陵』『天皇陵 謎解き完全ガイド』『天皇陵』『歴代天皇年号事典』『歴代天皇125代総覧』『京都大事典』、ウェブサイト「コトバンク」


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宮内庁の境界杭

九十九折の参道

九十九折の参道

石畳の参道

清和天皇水尾山陵

清和天皇水尾山陵

清和天皇水尾山陵、鳥居

清和天皇水尾山陵、御陵
map 清和天皇陵 〒616-8466 京都市右京区嵯峨水尾清和
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