法然寺 (京都市右京区)
Honen-ji Temple
法然寺  法然寺
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勅号極楽殿






平成門、2011年建立


平成門


鳩の意匠が数多い。
 嵯峨野、山陰線に面して建つ法然寺(ほうねんじ)は、極楽殿熊谷山と号する。 
 浄土宗、本尊は阿弥陀如来。
 法然上人(圓光大師)二十五霊場第19番。
◆歴史年表 鎌倉時代、1197年、熊谷直美が、法然を開基として建立した。当初は錦小路烏丸(中京区元法然寺町)にあり、法然自作という尊像を祀り、法然寺と称したという。
 正安年間(1299-1302)、第89代・深草天皇(により、「極楽殿」の勅額が贈られている。
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)により焼失する。
 室町幕府第6代将軍・足利義教(1394-1441、在位1428-1441)により再建された。
 室町時代、第105代・後奈良天皇、第106代・正親町天皇の勅願寺となる。
 安土・桃山時代、1591年、豊臣秀吉により中之町(下京区寺町綾小路下ル)に移転させられる。
 慶長年間(1596-1615)、大破した。
 1788年、天明の大火により焼失する。
 1797年、再建された。
 近代、1880年に失火により本堂を焼失した。
 1913年、再建された。
 現代、1964年、現在地に移る。
◆法然 平安時代末期-鎌時代前期の浄土宗の僧・法然(ほうねん、1133-1212)。勢至丸。美作国に生まれた。父は押領使・漆間時国、母は秦氏。1141年、9歳の時、父は夜襲により目前で殺される。父は出家を遺言する。天台宗菩提寺の叔父・観覚のもとに預けられた。1145年、13歳で比叡山に上り、西塔北谷の持法(宝)房源光に師事、1147年、皇円の下で出家受戒。1150年、西塔黒谷慈眼坊叡空の庵室に入り、浄土宗に傾く。法然房源空と名乗る。1156年、比叡山を下り清凉寺に参籠、南都学匠も歴訪する。再び比叡山に戻り黒谷報恩蔵で20年に渡り一切経を5回読む。1175年、唐の浄土宗の祖・善導の「観無量寿経疏」の称名念仏を知り、比叡山を下りた。善導は、阿弥陀仏の誓った本願を信じひたすら念仏を唱えれば、善人悪人を問わず、阿弥陀仏の力により必ず阿弥陀仏の浄土である極楽に生まれ変わることができるとした。西山、広谷(後の粟生光明寺)の念仏の聖・遊蓮房円照に住した。東山吉水に草庵(吉水の善坊)に移り、阿弥陀仏を崇拝し、ひたすら南無阿弥陀仏を口で唱える専修念仏の道場となる。1186年(1189年とも)、天台僧らとの大原談義(大原問答)で専修念仏を説く。1190年、東大寺で浄土三部経を講じる。1201年、親鸞が入門した。1204年、延暦寺衆徒による専修念仏停止を天台座主に要請した「元久の法難」が起きる。「七箇条制誡」を定め、弟子190人の連署得て天台座主に提出する。1206年、後鳥羽上皇(第82代)の寵愛した女官(鈴虫、松虫)らが出家した事件「承元(建永)の法難」により、専修念仏の停止(ちょうじ)となり、1207年、法然は四国・讃岐へ流罪となる。10か月後に赦免されたが入洛は許されず、摂津・勝尾寺に住み、1211年ようやく帰京した。草庵は荒れ果て、青蓮院の慈円僧正により、大谷の禅房(勢至堂付近)に移る。翌1212年ここで亡くなった。『選択本願念仏集』(1198)、『一枚起草文』(1212)などを著す。
 法然の専修念仏とは、誰もがひたすら祈ることで極楽往生できるとするもので既存の仏教で救われる対象ではない人々に希望をもたらした。
◆熊谷直実 平安時代後期-鎌倉時代の武士・熊谷直実(くまがい なおざね、1141-1208)。武蔵国に生まれた。幼くして父・直貞を亡くし、兄とともに叔父・久下直光に養育された。平知盛に仕える。1180年、石橋山の戦で、平家方として源頼朝を攻め、その後、頼朝の配下となる。佐竹秀義の成敗の功により本領・熊谷郷の地頭職に補任された。1184年、義経に従い宇治川、壇ノ浦、一ノ谷と転戦、16歳の平敦盛(清盛の弟・経盛の子)を討った。1187年、鶴岡流鏑馬所役を怠ったとのかどで領地を減じられる。1192年、直光との領地争いでの頼朝裁決を不当として、吉水の法然の門に入り、出家、法力坊蓮生と改名した。1196年、鎌倉に戻り頼朝に伝道兵法を説く。その後、帰洛、晩年は武蔵国で暮らし、没したとも、東山の草庵で没したともいう。
仏像・木像・文化財 法然自作という53歳の法然像は、蓮生(直実)が熊谷に還る際に真影を望むと、法然が自ら彫り与えたものという。その後、蓮生は夢告により京都に持ち帰り、寺を建立し安置したという。
 法然肉牙の舎利(歯)、蓮生房(直実)木像、蓮生が出家後に彫ったとされる平敦盛像、蓮生の鎧で造られたという鉄灯籠などがある。
◆墓 法然上人廟がある。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*本堂の参拝は霊場朱印希望者のみ、事前予約のこと。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『日本の名僧』


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本堂

本堂

本堂

枝垂れ桜の古木がある。

寺務所

月かげの里の碑


圓光大師(法然)本廟

歴代住持の墓
 法然寺 〒616-8375 京都市右京区嵯峨天龍寺立石町1-1   075-881-5909
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