療病院跡 (京都市中京区)  
ruins of Ryobyoin(Hospital)
療病院跡 療病院跡
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「療病院址」の碑、御池大橋西詰北側
 御池大橋西詰北側に「療病院址(りょうびょういんあと)」の石標が立てられている。療病院は現在の京都府立医科大学の前身になる。
◆歴史年表 
近代、1872年、10月17日、仮療病院(木屋町二条下ル)が開設され、ドイツ人医師・ユンケル(ヨンケル)は診療を開始する。11月24日、仮病院での診療を終えた。12月1日より、青蓮院(東山区)の京都府立療病院(粟田口療病院)に移り、診療と医学教育が行われた。
 現代、1954年、京都府立医科大学創立八十周年記念事業委員会により、石標が児童公園の一角に立てられる。その後、現在地に移された。
◆ユンケル 近代のドイツ人医師・ユンケル/ヨンケル(Junker von Langegg, Ferdinand Adalbert [Edelbert] 、1828-?) 。オーストリアのウィーン生まれ。1854年、ウィーン大卒、イギリスの産科学会会員になる。1866年、小型携帯のユンカー麻酔器を発明した。1872年、来日し、木屋町療病院(木屋町二条下ル)で診療した。その後、青蓮院内の京都府療病院(粟田口療病院、京都府立医科大学の前身)で診療にあたる。西洋式病院であり、麻酔学、解剖学、外科学、内科学、精神医学も講義した。在任中6体の剖検を行う。1876年、更迭され帰国した。後にイギリスに移り、帰化した。日本の民俗・歴史を記した著『瑞穂草』、茶の歴史を記した著『扶桑茶話』(1884) がある。
◆療病院址 
御池大橋西詰北側に「療病院址」の石標が立てられている。1954年に、現在地の西にあった児童公園(高瀬川の御池橋と木屋町通の東南)内に立てられていた。その後、周辺の開発により現在地に移されている。
 療病院は京都府立医科大学附属病院の前身として、蘭学医・明石博高(1839-1910)が資金を募って創設した。1871年に設立許可を受ける。
 1872年10月17日(新暦)、木屋町療病院は、仮屋の公舎(木屋町二条下ル19番地)に開院された。当初は、ドイツ人医師・ヨンケル(ユンケル)が診療した。医師の新宮凉閣、新宮凉民、百々一郎、大村達斎、江馬権之助らが日勤、宿直に当った。学生への教育も行われ、寄宿生、通学生がいた。11月24日までの39日間にわたり仮屋で診療が行われている。
 その後、同年12月1日に、粟田口青蓮院宮旧邸(東山区)を修築し、青蓮院の宸殿大玄関付近に、京都府立療病院(粟田口療病院)が開かれる。資金は、寄付金と芸娼妓への冥加金が充てられた。療病院の語源は、聖徳太子(厩戸皇子、574-622)が四天王に開設した施設に因んでいる。
 1873年に病室が設けられる。粟田口の日ノ岡刑場の裏に建てられた解剖所(山科区)は、療病院所轄になっている。
 1874年に4年制の医学予備校・医学校(校長・萩原三圭)が開設された。学生はヨンケルが講義した解剖学のほか、生理学、病理学、薬物学、内外科、産科、眼科、整骨科、口中科を学ぶ。通弁には山田文友、大井玄洞があたった。同年に梶井町に移転している。
 1872年-1876年、療病院にオランダ人・マンスフェルトが赴任する。1877年-1881年、ドイツ人・ショイベが赴任した。1880年7月、療病院が閉じられる。
 1881年、療病院は広小路病院(河原町広小路梶井町、元日光宮里坊・二条旧邸・正親町旧邸跡)に移転した。ライプチッヒ大学病院に倣い、ヨンケルが設計している。1903年に、京都府立医学校が京都府立専門学校(現京都府立医科大学)に改編された際に附属病院になった。


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 『京の医学』、『増補版 京都の医史跡探訪』、ウェブサイト「京都市 京都のいしぶみデータベース」、ウェブサイト「コトバンク」


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京都市内史跡地図 平安京オーバレイマップ・碑・発掘調
map 療病院址 〒604-0923 京都市中京区樵木 御池大橋西詰北側 
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