鳥羽天皇 安楽寿院陵 (京都市伏見区)  
Imperial mausoleum of Emperor Toba
鳥羽天皇 安楽寿院陵 鳥羽天皇 安楽寿院陵
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「鳥羽天皇 安楽寿院陵」の石標





方形堂

方形堂
 安楽寿院の北西、竹田浄菩提院町(たけだ じょうぼだいいん ちょう)に安楽寿院陵(あんらくじゅいん の みささぎ)がある。 
 平安時代後期の第74代・鳥羽天皇(とば てんのう)が葬られている。
◆歴史年表 平安時代、1139年、2月22日、鳥羽で三重塔寿陵の落慶法要が行われる。
 1156年、7月2日、鳥羽天皇は安楽寿院御所で亡くなる。夜、遺詔により当日に入棺された。鳥羽の三重塔、寿殿陵の下に埋葬されたという。
 鎌倉時代、1296年、1294年とも、本御塔(ほんみとう)は焼失した。
 南北朝時代、建武年間(1334-1338)、1333年頃、再興された。
 安土・桃山時代、1548年、焼失する。
 江戸時代、1612年、塔跡に単層の仮堂「本御堂」が建てられた。その後、陵は所在地不明になる。
 元禄年間(1688-1704)、探陵で近くの近衛天皇陵を鳥羽天皇陵とする誤認が起きた。(「諸陵探索調書」)
 1864年、文久の修陵により、現在地が鳥羽天皇陵として修補された。旧堂の仮堂(本御堂)は北に移されている。法華堂が新たに建てられる。 
◆鳥羽天皇 平安時代後期の第74代・鳥羽天皇(とば てんのう、1103-1156)。宗仁(むねひと)。法諱は空覚。父は第73代・堀河天皇、母は贈太政大臣・藤原実季の娘・苡子(いし) 。1103年、生後7カ月で立太子になる。1107年、5歳で即位する。祖父・白河法皇による院政が敷かれた。藤原忠実が摂政になる。 1113年、元服する。1123年、祖父・白河上皇により、子・顕仁(あきひと)親王(第75代・崇徳天皇)に譲位されられた。顕仁親王は白河上皇と鳥羽上皇中宮・待賢門院璋子との間の子と噂された。鳥羽上皇は、崇徳天皇を「叔父子」として嫌う。「新院」と呼ばれ、鳥羽離宮を居所にする。1129年、白河法皇の没後、治天の君(院と天皇の二重権力の競合併存)として院政を始める。1141年、出家し、空覚と称した。崇徳天皇に譲位させ、1142年、待賢門院璋子を遠ざけ、寵愛した家格の低い美福門院(藤原得子)との間の子・躰仁(なりひと)親王(第76代・近衛天皇)を3歳で即位させた。1155年、崇徳上皇と対立し、美福門院、藤原忠通らと謀り、異母兄・雅仁(まさひと)親王(第77代・後白河天皇)を皇位につけた。以後、皇位継承をめぐる朝廷内を二分しての対立になる。1156年、鳥羽天皇の没後9日目に、保元の乱が起きた。崇徳方は敗れ、崇徳上皇は讃岐に流される。
 崇徳天皇(在位:1123-1142)、近衛天皇(在位:1142-1155)、後白河天皇(在位:1155 -1158)の3代28年にわたり院政を行う。藤原忠実の政権再登用後、摂関家を院近臣として従属させた。荘園公領制を確立し、荘園などを集積した。伊勢平氏を政権の基盤に取り込む。仏教に深く帰依し、最勝寺、六勝寺などを創建する。熊野参詣は23回行う。催馬楽(さいばら)、音律に通じた。
 陵墓は安楽寿院陵(伏見区)になる。
◆陵墓 方形堂は方15尺(4.5m)、宝形造、塼敷、瓦葺になる。堂の床下には法皇の棺を納めた石槨がある。ここには東殿があった。鳥羽上皇は自らの写経法華経を本御塔に納めている。考古学・文献史学的に見て疑問の余地のない陵とされている。
 平安時代、鳥羽上皇は、鳥羽に三重塔寿陵を右衛門監督・藤原家成に建立させた。1139年2月22日、寿陵の落慶法要が行われ、三昧僧により法華三昧が行われている。1156年7月2日、鳥羽上皇は安楽寿院御所で亡くなる。その夜当日に、遺詔により入棺された。三重塔、寿殿陵の下に埋葬されたという。以後、安楽寿院が祭祀、管理した。
 鎌倉時代、1296年、1294年とも、本御塔(ほんみとう)は焼失した。南北朝時代、建武年間(1334-1338)、1333年頃に塔は再興される。安土・桃山時代、1548年に焼失する。
 江戸時代、1612年、塔跡に単層の仮堂「本御堂」が建てられた。その後、陵は所在不明になる。元禄年間(1688-1704)の探陵では、近くの近衛天皇陵を鳥羽天皇陵とする誤認が起きた。(「諸陵探索調書」)。1864年、文久の修陵により、現在地が鳥羽天皇陵として修補される。旧堂の仮堂(本御堂)は北に移されている。法華堂が新たに建てられている。  


73 堀河天皇(在位 :1086-1107)→74 鳥羽天皇(在位 :1107-1123)→75 崇徳天皇(在位 :1123-1141)→76 近衛天皇(在位 :1141-1155)→77 後白河天皇(在位 :1155-1158)


*原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『検証 天皇陵』『天皇陵 謎解き完全ガイド』『歴代天皇125代総覧』『図説天皇陵』『歴代天皇年号事典』、ウェブサイト「コトバンク」


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map 鳥羽天皇 安楽寿院陵  〒612-8445 京都市伏見区竹田浄菩提院町
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