岡本やすらい堂 (京都市北区)
Okamotoyasuraido
岡本やすらい堂  岡本やすらい堂
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岡本やすらい堂、大田神社の東


やすらい祭、社家町、祭列は風流傘のあとに稚児、シャグマ、笛方

やすらい祭、上賀茂神社



やすらい祭の祭礼が行われる祠、岡本やすらい堂の東


別の町内にあるやすらい堂、やすらい踊りの碑
 上賀茂神社の東の岡本(おかもと)に、「やすらい堂」の石標が立てられている。
 かつて岡本の地は、上賀茂神社の社領地であり、賀茂六郷の一つである岡本郷だった。錦部郷ともいわれた。神仏習合期には、岡本堂という道場が置かれていた。
◆歴史年表 奈良時代、734年、7月、岡本の地名初見になる。「鴨県主黒人 年十三 山背国愛宕郡賀茂郷岡本里戸主鴨県主呰麻呂戸口」とある。豪族の賀茂県主(あがたぬし)黒人(くろひと)が仏教に帰依し、法華経、最勝王経などを読経したという。(正倉院文書『智識優婆塞等貢進文(うばそくこうしんのげぶみ)』『優婆塞貢進解』)
 平安時代、833年、12月、神戸(かんべ/かんこ、神社の経済を支えた人々)百姓は、賀茂大神のために賀茂社の東一里に、神仏習合の岡本堂という仏教、修法を行なう道場を建立した。(『続日本後紀』)
 天長年間(824-834)、堂は検非違使(けびいし)により悉(ことごと)く破却された。その後、勅により許され再建されたという。(『続日本後紀』)
◆やすらい祭 平安時代末期に始まった鎮花祭の「やすらい祭り」は、岡本では賀茂祭(葵祭)当日、5月15日午前10時から行われる。近代以前は、4月10日(現在は4月の第2日曜日)の「今宮やすらい祭り」と同じ日に開催されていた。
 かつて、猪頭(いがしら)を被り、馬を駈けて神に祈った。(『本朝月令』中の『秦氏本系帳』)。この猪についてははっきりしていない。先住民の恭順を意味したともいう。馬には祭場の浄めの意味があるともいう。
 重要無形民俗文化財に指定された「上賀茂やすらい祭り」は、岡本町と梅ケ辻町の住民による「上賀茂やすらい踊り保存会」によって伝えられている。
 祭列は、岡本やすらい堂(岡本町会所)を出発し、町内を回り、大田神社、上賀茂神社へと向かい、岡本やすらい堂に戻る。祭列は、「いんやすらいや花や 今年の花はよう咲いた花や」と声を上げながら練る。
 町内の辻では「門ばらい」というシャグマ、(羯鼓 [かんこ] 、小鬼、シャグマ)が囃しに合わせて舞う。風流傘の下に入ると病気にかからないといわれている。
◆年間行事 やすらい祭り(5月15日)。

 
*原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*年間行事(拝観)などは、中止、日時・内容変更の場合があります。

*参考文献 『京都の歴史を足元からさぐる 洛北・上京・山科の巻』『京都洛北やすらい祭  フィールドワークからのアプローチ』


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岡本やすらい堂 京都市北区上賀茂岡本町 

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