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| 花の回廊 (京都市東山区) Hananokairo |
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| 花の回廊 | 花の回廊 |
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![]() 「花の回廊」の石碑 ![]() 「花の回廊」のプレート ![]() 歌碑 ![]() 五条大橋上流 ![]() 団栗橋下流 ![]() 三条大橋、四条大橋間 ![]() ![]() 花灯路 |
三条大橋の東詰南に「花の回廊(はな-の-かいろう)」の碑がある。花の回廊とは三条大橋-七条大橋間の鴨川東岸・周辺に新たに生まれた親水性の緑地帯(2.3㎞)をいう。 ◆歴史年表 現代、1987年、京阪電車(鴨川三条-七条間)・琵琶湖疏水が地下化された。この改修工事により、戦前からの念願だった鴨川河道の拡幅改修も実現している。 1992年-1999年、京都府・京都市は、三条-七条間の鴨川東岸での「花の回廊」整備事業を完成させた。 1997年、平安京遷都1200年を契機として行なわれた「京の川づくり」で、鴨川三条-七条間の散策路も整備される。 1999年、「花の回廊」が完成した。 ◆素性 法師 平安時代前期-中期の僧侶・歌人・素性 法師 (そせい-ほうし、?-?)。男性。俗名は良岑玄利(よしみね-の-はるとし)。父・僧正遍昭。出家し、雲林院に住む。『寛平御時后宮歌合』(889-893)に出詠し、896年、第59代・宇多天皇の雲林院への行幸の日に権律師になる。898年、宇多上皇の宮滝御幸に供奉し、和歌を詠んだ。905年、藤原定国四十賀の屏風歌を詠進している。後、石上(いそのかみ)の良因院に移った。『古今集』以下の勅撰集に60首/65首近く入集した。家集『素性集』がある。 三十六歌仙の一人。歌風は軽妙洒脱で優美さがある。宇多天皇時代に最も活躍し、『古今集』の撰者たちと親交があった。 ◆花の回廊 「花の回廊」には、三条大橋-七条大橋間の川端通西側の遊歩道と鴨川東岸河川敷の鴨川公園に四季折々の花木などの植栽がある。 花の回廊の名称は、「見わたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける」(『古今集』巻一、905年)という和歌に由来している。平安時代中期の僧侶・歌人・素性法師が春の景色を詠ったもので、静止的で絵画風な歌とされている。 「花の回廊」(2.3㎞)の整備事業は、単に鴨川・鴨川東岸周辺域の環境整備にとどまらず、鴨川の護岸改修も含めた治水整備事業でもあった。設計では、鴨川の歴史的な景観を継承するとともに、新たな景観を創出することが試みられた。「現代の河原」ともいえる高水敷を、市民に開放された空間として提供することを意図していた。 「花の回廊」と「鴨川公園」という2つの空間により構成されている。これらを出来る限り緑による演出により、柔らな連なる景色として創出している。「花の回廊」の低水部には、緑を取り入れる緑化舗石を設置し、二段護岸、高水護岸天端のラウンディング(切土頂部の法面[のりめん]を地山肩部へ丸みを付けて摺り付ける)を取り入れている。 河川敷の「鴨川公園」では、低水護岸際の芝生のラウンディングにより、緩やかな地形づくりを試みた。 ◆石碑など ◈鴨川に沿う川端通の西には、竣工を記念し石碑が立てられている。公募され入選した和歌・俳句の石碑が8区に分けて立てられている。 ◈花の回廊の工事に際して、三条大橋・五条大橋の橋脚石橋遺構が発見されている。これらは、三条大橋下流東岸、五条大橋上流西岸の五条児童公園内、京都国立博物館の西の庭などに展示されている。 ◆植栽 花の回廊には、シダレザクラ、モミジ、ヤナギ、ユキヤナギ、コムラサキシキブ、ツツジ、ドウダンツツジ、ヤマブキなどの樹木が植栽されている。それまで植えられていた樹木も生かされた。 四季を通じて草花が楽しめる新しい散歩道が生まれており、年ごとに植物の成長・変化がみられる。 ◆年間行事 「花の回廊」では、毎年4月初旬に、「鴨川さくらまつり」が催されている。鴨川河川敷の東岸(四条大橋-三条大橋間)にはサクラ50本が植えられているる。この期間にはサクラ並木がライトアップされる。対岸の西岸には「花灯路」が灯される。 ❊年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。 ❊年間行事(拝観)は中止、日時・場所・内容変更の場合があります。 ❊参考文献・資料 ウェブサイト「空間創研」、『京都・鴨川と別子銅山を歩く』、ウェブサイト「コトバンク」 |
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