電気鉄道事業発祥の地 (京都市伏見区)  
Birthplace of the Electric Railway Business
電気鉄道事業発祥の地 電気鉄道事業発祥の地
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「我国に於ける 電気鉄道事業発祥の地」の石標


「下油掛町」の町名板


【参照】開通当初のチンチン電車、「電気鉄道事業発祥地」の碑(下京区)より


【参照】北野線のチンチン電車、北阪ビルディング(下京区)

【参照】北野線のチンチン電車、北阪ビルディング
 伏見の竹田街道の一角に、「我国に於ける電気鉄道事業発祥の地(わがくに-における-でんき-てつどう-じぎょう-はっしょう-の-ち)」の石標が立てられている。
 近代に入り、琵琶湖疏水による水力発電を利用した京都電気鉄道伏見線(京都-伏見)が開業した。この地はその終点だった。
◆歴史年表 近代、1895年、2月1日、京都電気鉄道株式会社の伏見線が開業する。
 現代、1970年、2月1日、鉄道友の会京都支部が石標を立てた。
◆浜岡光哲 江戸時代後期-近代の実業家・政治家・浜岡光哲(まおか-こうてつ、1853-1936)。幼名は他千代。山城国(京都府)の生まれ。大覚寺坊官・野路家并の3男。従兄弟に実業家・田中源太郎。院承任御経蔵所・浜岡家の養子になる。漢学・ドイツ語を修め、「叡麓学舎」を起こした。1878年、印刷業を始め、1879年、商報会社を設立し「京都商事迅報」を刊行した。1880年/1881年、京都府会創設とともに議員当選する。1881年、「京都新報(後の「中外電報」)」を刊行する。1882年、京都商工会議所(1891年に京都商業会議所に名称変更)を設立した。1885年、「日出新聞」を創刊する。1890年、帝国議会開設とともに衆院議員に当選し、以後3期務めた。1894年、京都電気鉄道社長に就任した。1901年、関西貿易合資会社が破綻する。1911年-1926年、京都商業会議所会頭に就いた。
 京都商工銀行、京都株式取引所、京都陶器、京都織物などを創立した。京都火災保険会社社長ほか、複数の事業会社重役になった。83歳。
◆大沢善助 江戸時代後期-近代の実業家・大沢善助(おおさわ-ぜんすけ、1854-1934)。清八。俠客・大垣屋音松の次男。17歳で、父の大親分・大沢清八(京都諸官家の人入家業大元締)の養子になる。1871年、家を出て白米商、魚商、瀬戸物商、古道具商などに従事した。押絵製造、金庫・衡器類の輸入販売で成功する。1882年、京都商工会議所の設立発起人の一人になる。1884年頃より、市・府会議員、府会議長になり、琵琶湖疏水事業工事監督も務めた。1890年、時計・自転車の輸入・製造・販売を始める。1891年、琵琶湖疏水による水力発電電力を用い、京都に時計工場を設立する。大沢商会を創立し、時計・自転車・雑貨などを販売した。1892年-1927年、京都電燈会社の3代目社長に就任し、日本初の遠距離送電に成功している。
 釜山電燈、日本水力、大同電力、京都陶器、京都商工銀行の各重役、京都商工会議所副会頭も務めた。得意先の同志社寄宿舎に通い、新島襄に感化されキリスト教に入信した。80歳。
 墓は神楽岡(左京区)にある。
◆高木文平 江戸時代後期-近代の実業家・教育者・高木文平(たかぎ-ぶんぺい、1843-1910)。丹波桑田郡(京都府)の生まれ。代官の長男。弟に司法官・弁護士・高木豊三。1868年以降、田園開発し、生地に茶・桑栽培を導入した。1869年、私学校を設立し、考案した兵式体操を全国に普及させる。1875年、京都府監察になる。1879年、京都名品会社を設立する。1880年-1890年、府会議員になる。1882年、京都商工会議所の初代会長に就いた。1889年-1890年、市会議員になる。1894年、京都電気鉄道会社の社長、1906年、宇治電気会社取締役に就任した。68歳。
 琵琶湖疏水計画に発電事業を加えた。京都経済界で指導的な立場にあった。
◆京都電気鉄道 近代、1894年に、日本最初の電気鉄道である京都電気鉄道株式会社(京電)が、資本金30万円で設立された。浜岡光哲、大沢善助らが関わり、初代社長に高木文平が就いた。本社は当初、二条室町にあり、後に木屋町四条に移転している。
 1895年2月1日に、伏見線が仮営業を始めた。京都市下京区東洞院通東塩小路高倉踏切(旧東海道線)南側を起点とした。この地、伏見下油掛町は終点であり、区間6.5kmの狭軌道だった。日本初の市街電車であり、電力は琵琶湖疏水による水力発電の電力を利用した。「チンチン電車」と呼ばれ親しまれた。1914年には中書島まで路線延伸している。 
 1896年4月以降に路線拡張された。幹線は国鉄京都駅付近を起点とし、東は木屋町通、西は西洞院-堀川通から北上し、堀川下立売で合流し北野線に至った。
 ほかに鴨東線(二条木屋町-三条蹴上)、出町線(寺町丸太町-出町)、御池線(堀川御池-二条停車場・二条駅)、稲荷線(伏見線・勧進橋-稲荷)、淀川線(貨物専用)などが開通した。
 1912年に京都市営電気軌道事業が開通し路線が競合した。1918年に京都府知事の裁定により、京都電気鉄道の会社事業は京都市に移譲され会社は解散した。その後、1926年までに大部分の路線は廃止されている。1961年7月に、最後まで残されていた北野線(北野-京都駅)が廃止された。
◆石標 1970年2月1日に、「我国に於ける電気鉄道事業発祥の地」の石標が鉄道友の会京都支部により立てられた。
 同様の趣旨の碑が、起点になる京都駅(下京区)近くにもある。


年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 電気鉄道事業発祥の地の碑文、『京都大事典』、ウェブサイト「京都のいしぶみデータベース-京都市」、ウェブサイト「コトバンク」


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map 電気鉄道事業発祥の地 〒612-8364 京都市伏見区下油掛町,竹田街道との交差点北東角  
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