旧第三高等中学校(京都大学本部構内)正門 (京都市左京区)  
former the Front Gate of Third Advanced Junior High School
旧第三高等中学校正門 
旧第三高等中学校正門 
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「登録有形文化財」の銘鈑



 京都大学の本部構内に、旧第三高等中学校正門(きゅう-だいさんこうとうちゅうがっこう-せいもん)はある。現在は京都大学本部構内正門と呼ばれている。
 設計は、近代の建築家・山口半六、久留正道による。構内で最初期の建造物になる。
◆歴史年表 近代、1886年、旧第三高等中学は当初、大坂に開設された。
 1889年、旧第三高等中学は京都に移転する。

 1893年、旧第三高等中学校表門として竣工した。
 1897年、京都帝国大学は旧第三高等中学の土地、建物を譲り受けて創立された。帝国大学の正門として引き継がれる。
 大正期(1912-1926)/1926年、補修されている。
 現代、1979年、9月、改修されている。
 2000年、1月、国の登録有形文化財に指定された。
◆山口半六 近代の建築家・山口半六(やまぐち-はんろく、1858-1900)。出雲国松江藩士・山口軍兵衛礼行の次男。1871年、大学南校(後の開成学校、東京大学の前身)に入学した。1876年、文部省貸費留学生として国立パリ中央工芸学校に留学した。1879年、卒業する。1881年、帰国し、郵便汽船三菱会社(現・日本郵船)に入社する。1884年、文部省に移り、文部省管轄学校の建設工事を担当する。1891年、建築家として2人目の工学博士号を授与される。1892年、肺結核により文部省を休職した。1894年、大阪・桑原工業事務所の建築部に移籍した。1899年、山口建築事務所を設立する。41歳。
 工手学校(現・工学院大学)造家学科教員も務めた。主な作品は旧制高校校舎であり、第五高等中学校本館(現・熊本大学五高記念館、1889)、旧東京音楽学校奏楽堂(1890)、代表作で没後に竣工した兵庫県庁舎(現・兵庫県公館、1902)など。
◆久留正道 近代の建築家・久留正道(くる -まさみち、1855-1914)。江戸生まれ。1881年、工部大学校造家学科(現・東京大学)を卒業した。コンドルに学ぶ。工部省技手などを経て、1886年、文部属になる。1887年、文部省営繕技師になり、第一~第五高等中学校の設計に関わる。1891年、東京工業学校(現・東京工大)、東京美術学校(現・東京芸大)専修科で嘱託として教鞭をとる。1892年、文部省技師に復帰し、会計課建築掛長に就く。以後、初等・中等教育施設の行政指導、直轄学校の創立工事などに関わる。1905年、シカゴ万国博覧会に日本館「鳳凰殿」を出品した。学校建築の基本型になった『学校建築図説明及設計大要』(1895)を著したといわれている。60歳。
 主な作品は、京都大学吉田寮(第三高等中学校寄宿舎、1889)、旧第三高等中学校・物理学実験場(現・京都大学学生部留学課留学生センター、1889)、代表作品の旧第五高等中学校本館(現・熊本大学五高記念館、1889)、旧東京音楽学校奏楽堂、1890)、旧第四高等中学校本館(現・四高記念文化交流館、1890)、旧・第三高等中学校正門(現・京都大学本部構内正門、1893)、兵庫県庁舎 (現・兵庫県公館、1902) 、 琴平金毘羅宮宝物館(1905) など。
◆建築 旧第三高等中学校正門は近代、1893年に竣工した。構内で最初期の建造物になる。設計は山口半六、久留正道による。
 南面している。当初は煉瓦造であり、帯石は縞状に配されていた。かつて、門柱からはランプが突き出していたという。大正期(1912-1926)/1926年に、門柱、袖塀の煉瓦面はモルタル塗り人造石洗い出しに改修された。このため、現在も表面はモルタル塗りになっている。1979年9月にも改修されている。大正期の改修は踏襲され、門扉は創建時のものに倣い複製された。
 門柱は石面と擬石面を交互に重ねており、頂部に笠石を載せている。背面に大きな控えをとる。門柱の左右に煉瓦造(表面はモルタル塗り)の袖塀を付ける。上部は笠石で飾る。背後には扶壁がある。西側に通用口を開けている。
 煉瓦造(モルタル塗り)、石造、間口3.3m、門柱間4.4m、笠石を含む柱高3.9m。片側通用門・左右袖壁付。
◆第三高等中学校・高等学校 「第三高等中学校」は、近代、1869年に大坂舎密(せいみ)局に始まる。洋学校など変転を重ね、1889年8月に大阪から京都上京区(現・左京区)吉田に移転した。大学予科、専門教育の医・法・工学部があった。
 1894年6月の高等学校令により、専門教育のみの「第三高等学校」に改称した。1897年に「京都帝国大学」が創設され、法・医・文・理工の4分科大学になる。高等学校は学生募集を停止する。1898年4月に高等学校に大学予科が復活する。9月に吉田二本松町(旧京都大学教養部)に移転し予備教育機関になった。
 1949年5月の学制改革により新制の「京都大学」に昇格した。 


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 ウェブサイト「文化財データベース-文化庁」、京都大学の銘文、『京都市の近代化遺産 近代建築編』、『京都大事典』、ウェブサイト「コトバンク」

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