大超寺 (京都市左京区)
Daicho-ji Temple
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山門前の石段


山門
 大超寺(だいちょうじ)は岩倉の高台にあり、境内に上がる石段が付けられている。かつて西陣にあり、近年になり現在地に移された。 
 浄土宗、本尊は阿弥陀如来。
 京都十二薬師霊場会第8番札所、札所本尊は鍬形薬師。四十八願寺の第6願。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 安土・桃山時代、1591年、勝誉泰童(泰堂)上人の母が病に罹り重態になった。念持仏の薬師如来に念じたところ病平癒したため、堂宇を建て薬師如来を本尊として安置したという。また、第107代・後陽成天皇の母・新上東門院晴子の帰依を受け、境内地を贈られ開基になったともいう。以後、勅願所になる。かつての境内は、上京区千本通一条上ル(泰童片原町)にあり知恩院末だった。
 江戸時代、1730年、焼失する。その後、再建された。
 現代、1983年、上京区より現在地(左京区)に移転した。
 1984年、現在の本堂が建立される。
 2012年、平安時代に始まったという京都十二薬師霊場めぐりが復活する。
◆勝誉泰童 安土・桃山時代の浄土宗の僧・勝誉泰童(生没年不詳)。泰堂。浄福寺3世。1591年、大超寺を開く。
 現存する地名の泰童片原町(上京区)は泰童に因んでいる。
◆新上東門院 室町時代-江戸時代の新上東門院(しんじょう とうもんいん、1553-1620)。名は藤原晴子(はるこ)、通称は阿茶局。父は勧修寺晴右(かじゅうじ はれすけ)、母は粟屋元子。第106代・正親町天皇の第1皇子誠仁(さねひと)親王(陽光太上天皇)に仕えた。第107代・後陽成天皇など13人の王子女を産む。准三宮、1600年、院号をうけた。
◆仏像 本尊の「阿弥陀如来立像」は、平安時代の源信(恵心僧都、942-1017)作という。
◆陵墓 新上東門院の陵墓がある。
◆映画 映画館の旧「千本座」(千本通一条上る東側)は、かつて映画監督・牧野省三(まきの しょうぞう、1878-1929)が経営していた芝居小屋「千本座」だった。牧野の自宅も千本座と旧大超寺境内の間にあった。
 牧野は、処女作になる映画「狐忠信」を旧大超寺の境内で撮影した。境内の桜の大木を吉野山に見立てたという。1907年の「本能寺合戦」よりも前だったという。
 1909年10月、牧野は、主演・尾上松之助により大超寺の旧地境内で、無声時代劇映画「碁盤忠信」(横田商会)を撮影した。松之助は千本座の常打ち役者であり、後に「目玉の松ちゃん」と親しまれた松之助の映画初演作になった。
 牧野の4作目、1909年の「明烏夢の泡雪」でも旧境内が使用されたという。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都市の地名』『京都大事典』『京都の映画80年の歩み』『京都シネマップ 映画ロマン紀行』『京都絵になる風景』


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本堂

本堂内陣

本堂

本堂

三尊仏の石仏
 大超寺 〒606-0024 京都市左京区岩倉花園町640-2   075-711-3166
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