栄春寺 (京都市伏見区)
Eishun-ji Temple  
栄春寺  栄春寺
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「長沼澹斎先生墓」の石標




総門






本堂、江戸時代、1839年に改築された。
 国道24号線沿いの高架下に栄春寺(えいしゅんじ)が建つ。指心庵(ししんあん)とも呼ばれ、同名の茶室がある。山号は泰澄山という。 
 曹洞宗、本尊は釈迦如来。
 道元禅師三十二禅刹のひとつに数えられる。
◆歴史年表 室町時代、1568年、1569年とも、本寺4世の伝養が開創したという。伏見で最初の曹洞宗寺院になり、越後国・耕文寺に属した。かつては、山崎町(伏見区)にあり、面積622坪を有したという。
 安土・桃山時代、1596年、慶長の大地震により被災する。
 翌1597年、徳川家康の家臣・酒井重勝が亡き妻の菩提を弔い、堂宇の造営を行い開基になる。 
◆伝養 室町時代の曹洞宗の僧・伝養(生没年不詳)。詳細は不明。第106代・正親町天皇の信任篤い名僧だったという。栄春寺の開祖。
◆長沼宗敬 江戸時代中期の兵学者・長沼宗敬(1635-1690)。松本藩藩士の子。長沼流兵学の流祖。号は澹斎。松本藩主・松平直政の転封により松江、明石に移る。1652年、美濃加納藩に仕えた。甲州流など諸流、中国明代の兵学書に学ぶ。1666年頃、江戸に出て『兵要録』を著した。長沼流兵学を確立し、佐枝尹重(1654-1742)、宮川忍斎(1647-1717)ら多くの門弟を育てた。
◆林衡  江戸時代後期の儒学者・林衡(1768-1841)。述斎。父は、美濃国岩村藩主・松平乗薀(のりもり)。林家8代。幕府大学頭。
◆大橋元育 江戸時代後期の蘭方医・大橋元育(おおはし げんいく、1790-1854)。政徳。美濃国生まれ。蘭方医・小森義啓の甥。義啓に医を学ぶ。1808年、蘭学者・海上随鴎(稲村三伯)に入門、義啓の伏見宅を譲り受け医業を開いた。義啓主宰により解剖執刀した。墓は栄春寺にある。
◆小森義啓 江戸時代後期の蘭方医・小森義啓(1782-1843)。桃塢(とうう)。美濃国生まれ。父は大橋政右衛門、1626年、美濃出身の伏見の医者・小森義晴の養子、1630年、京都の蘭学者・江馬蘭斎に入門。1806年、蘭学者・海上随鴎(稲村三伯)に学ぶ。1812年、死体解剖を行う。1817年、ブカンの原著を訳し、『蘭法枢機』全5巻として刊行。1820年、典薬寮医師・従六位下肥後守に任じられる。1821年、死体解剖を行う。1826年、江戸参府途上のシーボルトと交遊し、1828年、継殿助に叙任。没後、従五位下信濃守を贈られた。名医と謳われ、「天保医鑑」に西洋解剖医と記されている。著作に「病因精義」など。
◆仏像・木像 本堂に、最澄(767-822)作と伝えられる本尊の「釈迦如来坐像」を安置する。徳川家康家臣・酒井重勝が寄進したものともいう。
 播州赤穂藩浅野家3代藩主・浅野内匠頭(1667-1701)、赤穂浅野家筆頭家老・大石内蔵助(1659-1703)、志士も祀る。
 観音堂に、西国三十三所観音、聖観音を安置する。
◆建築  本堂は、江戸時代、1839年に改築された。
 観音堂は、江戸時代、1814年建立、天井には伏見城遺構の血天井が張られているという。
◆伏見城遺構 伏見城遺構として総門、観音堂がある。
 観音堂内に、伏見城の血天井が張られているという。1600年、関ヶ原本戦の前哨戦だった伏見城の戦いで、攻城軍の総大将・宇喜多秀家、副将・小早川秀秋による4万の大軍に対し、城を守った総大将・鳥居元忠らはわずか1800人の兵だったという。鳥居ら380人は最後に自刃して果てた。その際の血の海になった床が、その後、各所の天井板に使われた。
 境内北の墓地に伏見城総(惣)構え(土塁)遺構がある。唯一の伏見城現存の遺構とされている。伏見城城下外周の一部は、防御と政治機能のため、土塁と堀(濠)、さらに石垣などで囲まれていた。これらは、後の城下町形成の原型になった。東西75m、南北50m、幅20m、高さ6m。
◆墓 長沼宗敬の墓がある。その傍に江戸時代、会津藩主が建立した「長沼処士碑」(1806)の石碑が立つ。大学頭・林衡の撰文による。
 蘭方医・大橋元育の墓がある。
◆文化財 本堂に絵天井と内陣に龍図が描かれている。
◆竹 豊臣秀吉の命により植えたという孟宗竹がみられる。
◆茶室 茶室「指心庵(ししんあん)」がある。
◆桜 紅枝垂桜が植えられている。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京の城 洛中洛外の城郭』『大学的京都ガイド こだわりの歩き方』『京都大事典』


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観音堂、江戸時代、1814年建立、西国三十三所観音、聖観音を祀る。天井には伏見城遺構の血天井が張られているという。

伏見城総構え(土塁)遺構の石垣、竹林

伏見城総構え(土塁)遺構、現在は二段の石垣が積まれている。

長沼宗敬の墓

大学頭・林衡の撰文による「長沼処士碑」(1806)の石碑

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栄春寺 〒612-0053 京都市伏見区桃山町丹下30  075-641-2070
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