岩屋神社 (京都市山科区) 
Iwaya-jinja Shrine
岩屋神社  岩屋神社
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拝殿



拝殿



本殿



本殿



本殿





手水舎
 山科音羽山の南西麓、大宅御所山(高塚山)の中腹に岩屋神社(いわや じんじゃ)はある。本殿背後に陰陽2つの巨大な磐座を祀る。山科で最も古い神社という。
 「岩屋大明神」ともいわれている。「岩屋明神社」、「石屋大明神」、「巌屋明神社」とも記された。山科東北部の産土神になる。 
 天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、栲幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、その子・饒速日命(にぎはやひのみこと)を祀っている。
 陰石、陽石の参拝は良縁の信仰がある。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 古墳時代、343年、第16代・仁徳天皇(在位:313-399)の頃創建されたともいう。山腹、奥之院(岩屋殿)に陰陽2つの巨巌を磐座として祀ったことに始まるとされる。(『岩屋神社 古木鬼板』)
 平安時代、853年、勧修寺八幡創建とともに創建されたともいう。(『山科家礼記』)
 第59代・宇多天皇(887-931)の頃、陽岩(陽巌)に天忍穂耳命、陰岩に栲幡千々姫命、陽岩前の小祠に饒速日命を祀ったという。「岩屋殿」、「岩屋宮」と称したともいう。
 寛平年間(889-898)、本殿が創建されたともいう。同年、また、宇多天皇の在位中(在位: 887-897)、陰岩(陰巌)に栲幡千千姫命、陽岩に天忍穂耳命を祀り、岩前の小祠に饒速日命が祀られたという。(『岩屋明神の伝』)。大宅(おおやけ)氏が、山科を開拓するに当たり祖神を祀ったともいう。大宅氏は祖神・饒速日命を祀ったともいう。
 治承年間(1177-1181)、園城寺僧徒によって社殿が焼かれている。
 中世(鎌倉時代-室町時代)、「東西上の岩屋三社」の一つに数えられた。東岩屋が当社であり、西岩屋が山科神社(山科区西野山岩ヶ谷町)、上岩屋については不明という。(『山科家礼記』1492年の条、『雍州府志』)
 鎌倉時代、1262年、現在の社殿が再建されたという。(『宇治郡名勝志』)
 室町時代、1480年、山科家雑掌(官人)・大沢久守が参詣した。当社と山科郷、山科家との関わりがあったという。(『山科家礼記』)
 1497年、「隠れて賭博を行ったときには、岩屋三社の御罰を被るべし」と記されている。(「山科小野東荘おとな連署起請文」)
 近世(安土・桃山時代-江戸時代)、式内社の「岩屋三社(岩屋神社、山科神社、宮道神社)」として、当社は「東岩屋大明神」と呼ばれていた。
 江戸時代、1774年、3基の大神輿が再興される。
 1787年、大宅岩屋明神として記されている。(『拾遺都名所図会』)
 近代、1873年、郷社に列した。
 1900年、陰岩、陽岩が描かれている。(『山城宝鑑』)
 現代、1945年、太平洋戦争後は神社本庁に属している。
 1969年、1月、奈良街道に一ノ鳥居が新設される。
◆磐座 本殿より東へ400mほど参道の急な山道を登ると、奥之院(岩屋殿)に至る。杉木立の山中に「陰石(陰巌)」、さらに上に「陽石(陽巌)」という2つの巨岩が並んでおり、それぞれの岩前に小祠が祀られている。平安時代初期、陰岩に栲幡千千姫命、陽石に天忍穂耳命を祀り、小祠に饒速日命が祀られたという。大宅(おおやけ)氏が、山科を開拓するに際して祖神を祀ったともいう。
 陰石(陰巌)の上に小さな窪みがあり、水か溢れ、絶えることがなかった。水は「龍闕水(りゅうけつすい)」と呼ばれ、明神の霊水として崇められたという。
 当社の起源は磐座信仰にあり、本殿からはこの2つの磐座を拝する形になる。周辺の尾根にはほかにも複数の巨岩が露呈している。
 男性は陰石、女性は陽石より参拝すると結縁成就の信仰がある。
◆式内社 中世より、式内名神大社「山城国宇治郡 山科神社二座」として「山科神社」に比定された。(『山科家礼記』『拾遺都名所図会』)。
 ただ、異説が有力になっている。
摂社 蛭子社(祭神・蛭子大神)、大神社(大神宮)(伊勢神宮、天照坐皇大御神 [内宮] 、豊受大大神 [外宮] )、稲荷社(宇莫迦之御魂神)、八幡社(応神天皇、神功皇后)、天満社(菅原道真)。ほかに山王社(大山神)、住吉社を祀るという。
◆文化財 古代(奈良時代-平安時代)の木製「高麗狛」がある。
◆遺跡 境内から奈良時代以前の土器が見つかったという。
◆一之宮・二之宮・三之宮
 かつて、山科神社は「一之(ノ)宮」、中臣神社はその「二之(ノ)宮」、三之宮神社(三之宮)はその「三之(ノ)宮」と呼ばれていた。
 また、岩屋神社と合わせて「山科宮四座」と呼ばれていた。
◆神輿 3基の神輿、「千木神輿(栲幡千々姫命)」、「鵜ノ鳥神輿(天忍穂耳命)」、「蕪神輿(饒速日命)」があり、近年、修復された。
 氏子地域は、大宅、椥辻、大塚、御陵、厨子奥、小野の一部、日の岡の一部になる。
◆年間行事 春例祭(火焚祭・湯立神事)(4月29日)、夏越祓(6月29日-7月1日)、水無月大祓式(6月30日)、秋祭・神輿洗飾り(10月1日)。


*年間行事(拝観)などは、中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都大事典』『山科の歴史を歩く』 『山科事典』『お参りしたい神社百社』『京のしあわせめぐり55』


大宅(おおやけ)廃寺跡         勧修寺     関連,relevance山科神社    関連,relevance中臣神社    関連,relevance三之宮神社(三之宮)      

摂社、蛭子社

摂社、大神宮(伊勢神宮)

摂社、稲荷宮

摂社、稲荷宮

摂社、八幡宮

摂社、天満宮

奥乃院

奥乃院、「岩屋大明神」

奥乃院

奥乃院

奥乃院、陰岩

奥乃院、陰岩

奥乃院、陽石

奥乃院、陽石

奥乃院、急斜面の杉木立

奥乃院参道よりの西の景観、直下に名神高速道路が通じている。

【参照】岩屋不動尊、伏見稲荷、境内北に隣接してる。


【参照】岩屋不動尊、不動尊と役行者?

【参照】岩屋不動尊
岩屋神社 〒607-8176 京都市山科区大宅中小路町67  075-571-0833
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