一ノ保社 (旧安楽寺天満宮) (京都市上京区)
Ichinoho-sha Shrine
一ノ保社 (旧安楽寺天満宮) 一ノ保社 (旧安楽寺天満宮) 
50音索引  Home 50音索引  Home







稲荷社


不動岩



「天満宮旧跡地」の石碑

 一ノ保社(いちのほしゃ、一之保社)の境内には、「天満宮旧蹟」「安楽寺旧跡」「天満宮御自作神像」などの石標、碑が立つ。かつて、時鳥(子規、ほととぎす)天満宮とも呼ばれた。  
 祭神は、菅原道真。御霊社になる。
 北野御供七保社の一つに数えられた。
◆歴史年表 平安時代、901年、菅原道真が大宰府へ権帥として左遷され、その地で亡くなった。その際に、道真に従った供の者たちは、道真没後に帰京した。
 905年、道真の供の者たちにより、「右京一条二坊一保八町」(現在地)に、道真自作の木像を祀った。神仏習合の安楽寺天満宮(大宰府天満宮の旧称)を建立したという。寺僧がいた。また、道真の霊を筑紫より迎えてこの地に祀ったともいう。
 後に、北野天満宮7か所の御供所(北野御供七保社)の筆頭とされ、一ノ保社と呼ばれる。
 室町時代、1419年、幕府は、北野神人に対して、こうじ室独占の特権的な地位を認めた。免税、こうじを独占製造できる「こうじ座」形成も許された。
 1444年、こうじ騒動に際して、社殿は炎上する。
 近代、1868年、神仏分離令後の廃仏毀釈により、神宮寺の安楽寺は廃寺になる。
 1873年、社殿なども北野天満宮内に遷座され、一ノ保社(時鳥天神)が祀られた。この時、近くに祀られていた文子天満宮、老松社も北野に遷された。
 その後、再び現在の旧跡地に、有志により社殿が再建される。北野天満宮より当社に分祀された。
◆菅原道真 平安時代前期の公卿、文章博士・歌人・菅原道真(すがわら の みちざね/みちまさ/どうしん、845-903)。菅原是善の3男。母は伴氏。幼少より漢詩、和歌に優れた。862年、文章生試験に合格、866年、円仁 『顕揚大戒論』序文を書く。867年、文章徳業生、870年、方略試に合格、871年、少内記、872年、存問渤海客使に任じるが、母が亡くなり解官、 877年、式内少輔、文章博士を兼ねる。第59代・宇多天皇、第60代・醍醐天皇に重用される。879年、従五位上。880年、父没し家塾「菅家廊下」を 継承。883年、加賀権守兼任。884年、太政大臣職掌の有無について意見を奏上。888年、阿衡問題について藤原基経に意見書を送る。891年、式部少 輔、左中弁兼ねる。892年、従四位下、『三代実録』『類聚国史』を編じる。893年、参議、式部大輔、左大弁、勘解由長菅・東宮亮を兼任。894年、遣 唐大使に任命されるが、大使の中止を建議し、中止になる。侍従兼任。895年、近江守兼任、中納言、従三位、春宮権大夫兼任。897年、正三位、中宮大夫 兼。899年、右大臣となる。900年、三善清行は道真に辞職勧告する。901年、従二位、左大臣・藤原時平の讒言(ざんげん、告げ口)により、大宰権帥 に左遷される。903年、大宰府で没した。
 没後、923年、道真に本官右大臣を復され、左遷詔書は破棄された。993年、左大臣正一位、太政大臣を追贈される。
◆北野御供七保社 当社は、北野天満宮7か所の御供所(北野御供七保社)の最初であり、一ノ保社(一之保社、安楽寺)と呼ばれる。御供所とは、現在の天神通界隈(右京一条-三条界隈)に、「一ノ保」から「七ノ保」まで、7つの地域があり、それぞれに天満宮が祀られていた。神仏習合であり、二ノ保社(上ノ下立売通天神通西入堀川町)、三ノ保社(長宝寺、一条通紙谷川東岸)、四ノ保社(新長谷寺、下立売通西大路西入西ノ京中保町)、五ノ保社(満願寺、天神通下立売通上ル)、六ノ保社(阿弥陀寺、下立売下ル華開院前)、七ノ保社(花園艮北町)にあり、いずれも近代、1868年までに廃社になる。
 各地域には天満宮に奉仕していた北野神人(じんにん)が居住し、御供のための神饌を調理していた。室町時代、1419年、幕府は神人に対して、こうじ室独占の特権的な地位を認めた。免税とともに、こうじを独占して造ることができる「こうじ座」を形成することも許された。このため、こうじ造の特権を失った酒屋との間に対立が起きる。
 1444年、酒屋は比叡山西塔の衆徒を動かし、強訴に及んだ。こうじ座は北野社に千日籠りして対抗した。幕府はこうじ座を鎮圧し、神人は社に火をかけ敗北した。この時、西の京一帯が焼失している。
◆時鳥天満宮 当社には、扁額「時鳥(ほととぎす)」を掲げていたため、時鳥天満宮(時鳥天神)、郭公天満宮などとも呼ばれたという。
 伝承がある。北野社の神殿には、木彫のホトトギスがあり、いつも奇声をあげていたという。1444年のこうじ騒動の時、西の京の梢にとまって鳴いた。以来、当社の霊宝とされ、6月15日に公開された。火難、疱瘡除けの信仰があったという。
◆クスノキ 鳥居脇に立つクスノキの巨木がある。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都大事典』『京都市の地名』『京都歴史案内』


  関連・周辺北野天満宮      関連・周辺威徳水・四ノ保社跡     関連・周辺五ノ保社跡(満願寺)      関連・周辺阿弥陀寺跡・六ノ保社跡     周辺      関連         

「安楽寺旧跡」の石標

「天満宮御作神像 安楽寺」の石標

「熊鷹稲荷大神」の石標

「玉光大神、立長大神」の石碑
一ノ保社(安楽寺天満宮)  〒602-8368 京都市上京区北町,天神通仁和寺街道下る三筋目北側 
50音索引  Home   50音索引  Home  
   © 2006- Kyotofukoh,京都風光