瀧尾神社 (京都市東山区)
Takio-jinja Shrine
 瀧尾神社  瀧尾神社
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拝殿


拝殿、天井龍





手前より拝所、幣殿、本殿



右より拝所、幣殿、本殿



拝所



本殿と透し垣



東廊



拝所、懸魚の鳳凰





西廊南面欄間の馬、羊



拝所、柱の獅子





本殿



本殿脇の奉幣猿
 瀧(滝)尾神社(たきお-じんじゃ)は、伏見街沿いにある。大丸創始の下村家とゆかり深く、「大丸稲荷」とも称された。社殿には多くの精緻な彫刻が施されていることで知られている。 
  藤森神社(伏見区)の境外末社、祭神は、大国主神(おおくにぬしのかみ)を祀る。旧村社。
◆歴史年表 創建の詳細不明。
 平安時代以前、創建されたともいう。(『源平盛衰記』)
 かつて、洛東聾谷(つんぼだに、東大路五条の東とも)にあり、「武鵜社(たけうのやしろ)」と称したという。(『坊目誌』)。「聾の社」とも呼ばれたという。
 室町時代、1467年、応仁・文明の乱(1467-1477)により焼失した。(『坊目誌』)
 乱後に、日吉坂の地に遷り、「多景社(たけのやしろ)」と称したという。(『坊目誌』)
 安土・桃山時代、1586年、豊臣秀吉の方広寺大仏殿の建立に伴い、現在地に遷されたという。(『京都府地誌』)
 江戸時代、泉涌寺が所管した。
 1711年、一橋東路傍にあり、「多郷社」といい、藤森社の属社だったと記されている。(『山州名跡志』)
 1787年、藤森神社の属社で、御旅所になったと記されている。(『拾遺都名所図会』)
 1839年より、京都の豪商・大丸の下村彦右衛門の信仰篤く、下村家の援助で修復を重ねた。
 1840年、現在の社殿が造営される。
 現代、2000年、三嶋神社が境内に遷される。
◆下村彦右衛門  江戸時代前期-中期の商人・下村彦右衛門(しもむら-ひこえもん、1688-1748)。京都伏見生まれ。名は兼雄。号は正啓(しょうけい)。父は三郎兵衛兼誠、母は須磨の3男。19歳で古着商「大文字屋」を継ぎ、宮川町の質屋と貸衣装の店を手伝った。1717年、伏見で小店舗「大文字屋(大丸屋)」を開業した。古手(ふるて)・呉服の卸売店であり、大丸の創業になる。1726年、大坂・心斎橋に共同出資の呉服店を開く。その後、名古屋店、京都柳馬場姉小路に仕入店、上之店、大丸総本店などを設けた。名古屋で、現金掛値なしの「現銀(金)正札販売」商法を取り入れた。大丸百貨店の始祖になる。幕末期、新撰組隊士の服装は大丸を通して調達されたという。61歳。
 当社に朝夕欠かさず参拝し、成功をおさめたという。
◆三嶋神社 三嶋神社の祭神は大山祇命(おおやまづみのかみ)、火瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の三座になる。
 摂津国三嶋鴨神社より勧請したという。三嶋神社本宮(東山区上馬町)から遷座した。
◆妙見宮 三嶋神社摂社・妙見宮の祭神は、天御中主大神(あめのみなかぬしのかみ)になる。江戸時代、1688年に創建された。かつて、摂津住吉の浜辺に祀られていたという。
 伝承として、神功皇后三韓征服の際に、暴風雨に遭い、妙見宮に祈念し大難を免れた。竹内宿祢に命じ、三韓の土で尊姿を造らせ祀ったことに由来するという。
 平安時代、第64代・円融天皇(在位: 969-984)の時、六条左女牛八幡宮(若宮八幡宮)に遷された。室町時代、2代将軍・足利義詮が篤く信仰する。室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)後、大内義隆が信仰した。安土・桃山時代、三嶋社(本宮)に勧請される。江戸時代、鎮宅霊符神、霊符社とも呼ばれ、北斗信仰が盛んになる。近代、1869年、神祇官による社号改正の沙汰により、天之御中主神社と改称した。その後、元の妙見宮に戻った。
◆建築 南の拝殿に続いて、拝所、幣殿、その左右に東西廊が配されている。周囲は透し垣で囲まれている。幣殿奥に本殿がある。
 現在の本殿は、江戸時代末、1839年-1840年に完成した。本殿は、貴船神社奥宮旧殿を移築し、改造した。三間社流造、切妻造、杮葺、前面に1間の向拝。
 江戸時代、天保年間(1830-1843)の装飾彫刻は、工山新太郎、飾り金具はいせ屋市兵衛による。拝所、続く幣殿、東西廊を中心に木鼻、蟇股、欄間、懸魚、虹梁などに丸彫り、透し彫りが随所に施されている。
 拝所に鳳凰(中央の懸魚)、サンジャク(東西の懸魚)、阿吽の獏・雲(東西の木鼻)、阿吽の獅子(東西の木鼻)、麒麟(中央の蟇股)、鶴・松(東西の欄間)、海馬・波(西の蟇股)、サイ・波(東の蟇股)が見られる。
 幣殿に阿吽の鳳凰(東西の木鼻)、兎(東西の木鼻)、龍頭(東西の虹梁)、水鳥・蟹・草花(中央下の欄間)、龍・象・雲(中央上の欄間がある)がある。
 龍・蛇・兎・波・虎・笹竹(東廊南面の欄間)、牛・鼠・椿(東廊東面の欄間)、サイ・波(東廊東面の妻虹梁上)、花・唐草(東廊東面の懸魚)がある。
 松・小鳥・羊・馬・桃・小鳥・猿・鷄(西廊南面の欄間)、犬・猪・梅(西廊西面の欄間)、サイ・波(西廊西面妻虹梁上)、花・唐草(西廊西面の懸魚)が彫られている。
 本殿に鹿・紅葉(中央の蟇股)、獅子(東西の木鼻)が施されている。
 拝殿の天井一面に龍(全長8m)の丸彫りがある。木彫りの龍の例は珍しいという。かつては極彩色に彩られていた。
 手水舎四本の柱上木鼻に、8つの霊獣の彫刻が施されている。
◆天井龍 拝殿の天井に彫られた龍には伝承がある。龍は夜になると天井を抜け出し、川へ水を飲みに行ったという。人々は恐れ、眠れないとの噂が広まった。神社は天井に網をかけ、龍を閉じ込めるようになったという。
◆天保踊り 江戸時代、町民が相撲を取り、異国人に仮装して町を踊り歩いた。「天保踊り」といわれ、「天保踊図屏風」にも描かれている。
◆文化財 絵馬堂に、江戸時代の下村家店舗などの絵馬3点がある。
◆雄カツラ かつて、境内に雄カツラの巨木が植えられていた。
◆一之橋川 境内の南の通りは、泉涌寺へ通じており、かつて歴代の天皇、后妃などの葬列が通ったという。付近に一之橋川が流れ、夢の浮橋(落橋)という橋が架けられており、葬列も渡っていた。
◆年間行事 藤森祭の神輿渡御(5月5日)、例祭(6月22日)。
 

*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『京都市文化財ブックス第18集 古建築の装飾』、『京都・山城寺院神社大事典』、『京都の地名検証 3』、『京都のご利益めぐり』、ウェブサイト「コトバンク」



関連・周辺三嶋神社  関連・周辺夢の浮橋(落橋)跡の碑  周辺   関連    

本殿の狛犬

拝所前の獅子

瀧尾天満宮

金刀比羅宮

大丸繁栄稲荷

愛宕神社

妙見宮

妙見宮

右より天満宮、不明、門出社

三嶋神社

三嶋神社

三嶋神社

三嶋神社

三嶋神社

三嶋神社、絵馬、2匹の鰻が描かれている。

陰陽の石

陰陽の石、本宮表鬼門より出土したという。夫婦和合、子授懐妊の霊験があるという。右が陰石(女石)、左が陽石(男石)。

絵馬堂

大丸店の奉納絵馬

手水舎、獅子は尻を向けている。

手水舎、霊獣
 
瀧尾神社 〒605-0981 京都市東山区本町11-718  
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