石座神社 (京都市左京区)
Iwakura-jinja Shrine
石座神社  石座神社
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手水舎


八所明神本殿(右)と十二所明神本殿


岩倉家から奉納された灯籠




右から出雲神社、貴船神社、熊野神社





一言社



一言社


右から猿田彦神社、愛宕神社



右から稲荷神社、鹿○神社、香取神社



宮座



宮座





砂山
 岩倉(いわくら)にある石座神社(いわくら-じんじゃ)は、旧岩倉村の産土神として信仰された。近代以前は、大雲寺の鎮守社として祀られ、石座神社ではなく「八所明神」、「十二所明神社」と称された。一帯は、京都市指定文化財環境保全地区に指定されている。
 祭神は、東社に八所大明神(石座、新羅、八幡、山王、春日、住吉、松尾、賀茂)、また、天照大神(あまてらすおおみかみ)ほか7神ともいう。西社に、十二所大明神(八所、伊勢、平野、貴船、稻荷など)12神、また天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)ほか11神ともいう。旧村社。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 平安時代、971年、大雲寺の建立に伴い、石座明神(現在の山住[やまずみ]神社)が上蔵町(現在の石座神社)へ遷された。八所・十二所明神社と呼ばれ、鎮守の神になる。当地(現在の山住神社)は御旅所になる。
 また、997年、慶祚(けいそ)阿闍梨により八所明神(石座明神ほか七所)が大雲寺に勧請され、八所大明神と号した。その後、さらに伊勢ほか4神が合祀され、十二所明神が祀られた。(『山城名跡巡行志』)。以後、「八所・十二所明神社」と呼ばれ、鎮守の神になる。
 室町時代、1547年、兵火で焼失した。
 安土・桃山時代、1592年、社殿が造営されている。
 江戸時代、1766年、改造営されている。
 近代以前、大雲寺の鎮守社だった。
 近代以降、八所・十二所明神社から「石座神社」へ改称された。
 1878年、猿田彦社、一言主社が石座神社に合祀される。
 現代、1984年、石座神社の火祭りは「岩倉火祭」として京都市の無形民俗文化財に指定された。
◆一言主社 境内にある摂社・一言主(ひとことぬし)神社の祭神は、一言主大神という。凶事、吉事を一言で予言し、実現する神とされる。地域では、願い事を一言だけ聞いてくれる神として知られている。
 一言主神社の総本社は、奈良県御所市にある。賀茂氏の本拠地である高鴨神社近くになる。賀茂氏の北上に伴い、一言主神を祀る人々もこの地に移動してきたとみられている。
 社はかつて、南東150mの正水山(しょうずやま/ せいすいやま)にあったという。元の社殿は、後水尾天皇中宮・東福門院和子が、江戸時代、1668年に再興したという。(『京都府愛宕郡志』)
 近代、1878年に石座神社(現在地)に合祀された。1973年、祠も当社に遷された。
◆猿田彦社 摂社・猿田彦社の祭神は、猿田彦神、愛宕神を祀る。かつて万年岡に鎮座した。近代、1878年に石座神社(現在地)に合祀された。
◆建築 並立して建つ「八所明神本殿」(右側)と「十二所明神本殿」(左側)は、一間社流造で、京都でも極めて珍しい宮座の建物を残すという。勾欄に安土・桃山時代、「天正二十年(1592年)」の銘のある擬宝珠がある。
 宮座とは、近畿、中国、九州地方にみられる氏子による祭祀を行う特定集団をいう。
◆石造物 本殿前に2基の石燈籠が立つ。江戸時代前期、「慶長十九年(1614年)」「北岩座山十二所大明神石灯炉」の銘がある。
◆岩倉具視 公家・岩倉具視(1825-1883)が、岩倉に隠れ住んだ時期に、当社に度々参詣していたという。
 近代、岩倉家は当社に石灯籠を寄進したという。
◆岩倉火祭 岩倉火祭(例大祭)(毎年10月23日に近い土曜日)が催される。かつて、村人を苦しめた大蛇退治のために、大蛇に見立てた大松明に火をつけ、炎で退治する意味がある。五穀豊穣祈念の神事でもある。
 祭りは氏子6町(中在地町・忠在地町・上蔵[あぐら]町・西河原町・下在地町・村松町)で執り行われる。松明作りには、2町(中在地町・忠在地町)のみが携わる。材は、樫・躑躅の柴で作られ、外側を竹で覆う。燃えると竹が爆ぜる。さらに、松明は化粧藁縄で独特の結びで縛られる。
 午前2時頃、朝神事が始まる。各町のトウヤ宅から剣鉾などを奉じ社参し、各座小屋(ざごや、宮座)に入る。午前3時に松明神事から始まり、神前の燈火を雌雄の大蛇に見立て、2つの大松明に点火する。松明のどちらが先に燃え尽きるかを競う。松明の火が燃え尽きる夜明け前、剣鉾が先導し神輿は出発し氏子各所を巡る。午前5時半頃、神輿御旅所(山住神社)へ渡御する。その後、神事が行われる。剣鉾(朝神事の鉾)は各トウヤへ戻る。
 13時、昼神事が始まる。御旅所から別の剣鉾(昼神事の鉾)を先頭に神輿は岩座神社に2時間ほどかけて還御する。神事に続き、女性の踊り子8人による「岩倉史謡踊(しようおどり)」が奉納される。岩倉具視が、かつて岩倉の旧宅に少女を招いて、庭で盆踊りを催したという逸話に因んでいる。「やふれ柴のここから射した 明治維新の朝日の光 公(具視)を憶(おも)へは只涙」と歌う。
 剣鉾について、現在は倒したままで数人が肩に担ぎ巡幸に供奉する。1955年頃までは差して供奉していた。一乗寺・修学院から鉾差しも招いていたという。
 1984年に、岩座神社の火祭は「岩倉火祭」として京都市の無形民俗文化財に指定された。
◆年間行事 岩倉火祭(例大祭)(10月23日に近い土曜日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献・資料 『京都・山城寺院神社大事典』、『京都大事典』、『京都の寺社505を歩く 上』、『京都の地名検証 2』、『昭和京都名所図会 3 洛北』、『大雲寺堂社旧跡纂要』、『剣鉾まつり』
 



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岩倉火祭
石座神社 〒606-0017 京都市左京区岩倉上蔵町 
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