京都府立図書館 (京都市左京区)  
Kyoto Prefectural Library
京都府立図書館 京都府立図書館
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東側正面


東側


東側


東側


東側


東側


東側


東側


北東側、貴賓室入口

旧貴賓室入口の外部石段


貴賓室入口


貴賓室入口


© OpenStreetMap contributors
 岡崎に京都府立図書館(きょうとふりつ-としょかん)はある。
 近代の建築家・学者・武田五一が設計した。
◆歴史年表 1873年、5月、京都府は「集書院」(三条東洞院東、現在の中京郵便局の位置)を開設した。1872年に東京に開設された書籍館に次ぐ。公立の公開図書閲覧施設としては最初になる。
 1898年、6月 、京都御苑内博覧会協会東館85坪(280㎡)を借り、「京都府立図書館」(初代館長・三宅五郎三郎 )が開設された。
 1909年、4月 、「京都府立京都図書館」が現在地に開館した。建物の設計者は武田五一による。
 現代、1995年、1月、阪神淡路大震災により本館建物に深刻な被害が生じた。
 1997年、4月、新館を現在地に建て替え整備のため、本館は休館になる。9月、本館は仮施設へ移転した。
 1998年、11月、 新府立図書館新築工事が起工した。
 2000年、10月、新府立図書館が竣工する。本館の2層目までの外壁が保存された。 
 2001年、5月 、新府立図書館が開館した。
◆武田五一 近代の建築家・建築学者・武田五一(たけだ-ごいち、1872-1938)。備後福山(広島県)の生まれ。父・備後福山藩士・司法官・平之助(直行)、母・八重の第5子。父の赴任に従い、神戸、姫路、岐阜、高知に住む。1888年、京都第三高等中学校補充科に入学した。1894年、京都第三高等中学校本科を卒業し、京都帝国大学工科大学造家学科に入学する。1897年、帝国大学(東京帝国大学)造家学科(建築学科)を首席卒業し、同大学院に進学した。1899年、大学院中退後、東京帝大助教授に任じられる。東京高等師範学校講師嘱託、東京美術学校教官になった。1901年-1903年、文部省より命ぜられ欧州留学する。ロンドン・カムデン美術学校で学び、各地を巡る。アール・ヌーボー、セセッションなどを体験する。1903年、帰国後、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)図案科教授になる。1904年、京都府技師を兼任し、平等院鳳凰堂・鹿苑寺金閣の保存に関わる。1907年、東京・福島行信邸で、日本初のウィーン・セセッションの様式を試みた。アール・ヌーボーの造形を紹介する。1908年、大蔵省臨時建築部技師を兼任し、国会議事堂建築のために欧米視察した。1912年、パナマ太平洋万国博覧会事務取扱嘱託になる。1915年、工学博士学位を取得する。勲四等瑞宝章を受賞した。1916年、法隆寺壁画保存会委員になる。1917年、片岡安らと「関西建築協会」を設立する。1918年、名古屋高等工業学校(現・名古屋工業大学)校長に転任した。1920年-1932年、京都帝国大学建築学科創立に伴い教授になる。1925年、大蔵省営繕管財局技師を兼任した。1929年-1931年、京都帝国大学営繕課長事務取扱として学内建築物の造営に関わる。1931年、欧米出張し、19カ国を訪れた。1934年以来、法隆寺大修理工事事務所長を務める。65歳。
 「関西建築界の父」といわれた。奈良・京都の古社寺保存修復、橋梁、博覧会場、公園、記念碑、都市計画、街路施設、家具意匠、染色なども手掛けた。主な作品として、旧日本勧業銀行本店(1899) 、日本初のセセッション建築とされる東京・福島邸(1907)、京都府立図書館(1909)、京都・円山公園(1912)、京都・同志社女子大学ジェームス館 (1913) 、京都・旧松風嘉定邸 (現・五龍閣、1914)、山口県庁舎・県会議事堂(1916) 、大阪・瀧安寺鳳凰閣(1917) 、兵庫・清水寺根本中堂・大講堂・本坊・客殿(1917) 、東京・旧村井吉兵衛邸(現・延暦寺大書院、1919) 、 兵庫・清水寺鐘楼 (1919)、兵庫・光明寺根本本堂(1925) 、 和歌山・高野山大学図書館 (1928)、代表作の東方文化学院京都研究所(1930)、京都・同志社女子大学栄光館(1932) 、鳥取・三朝大橋(1934年) など多数。葵橋、賀茂大橋なども設計した。
◆建築 京都府立図書館は、近代、1909年に建てられた。設計は武田五一による。外観はフランス風の古典主義を基調にしている。東側に大閲覧室があり、外観は2層分を貫く櫛形のアーチ窓が5つ並び、上部には櫛形のペディメント(三角形の装飾部分)が付けられていた。
 大閲覧室の内部は、1階・2階分は吹き抜けだった。格縁を設けた曲面の漆喰仕上げの天井、曲線のアール・ヌーヴォー風のシャンデリアが架けられていた。閲覧室は普通・特別・図案・新聞・婦人・児童に分かれ、3階に講演室・研究室を兼ねて2陳列室があった。書庫は木造4層構造だった。
 2000年の新府立図書館が竣工した際に、本館の東側(神宮道側)の2層目までの外壁が保存された。旧貴賓室への石造の外部階段、2階の入口扉も保存されている。旧貴賓室のマントルピースは移築保存されている。
 レンガ造3階建、延べ面積772坪(2552㎡)。マンサード屋根(腰折れ屋根、切妻屋根の変形で、屋根の勾配が上部が緩く下部が急な2段になる)を持つ。
 武田が設計したとみられている調度品が残されている。机、手焙り付きテーブル、丸テーブル、小台、手焙り、帽子掛け・ステッキ置台、肘かけ椅子などになる。
◆集書会社集書院 近代、1868年に福沢諭吉(1835-1901)は、槇村正直(1834-1896)に「書籍縦覧結社」の開設を勧めている。
 1872年4月に、本屋の平楽寺村上勘兵衛らにより集書会社(しゅうしょ-かいしゃ)(姉小路通東洞院下ル)が設置された。日本初の図書館になる。
 1873年5月、京都府は図書館の「集書院(しゅうしょいん)」(三条東洞院東、現在の中京郵便局の位置)を開設した。1872年に東京に開設された「書籍館」に次ぐ。公立の公開図書閲覧施設としては最初になる。建物は西洋式の2階建で、1階に事務室、2階に書庫・閲覧室があった。
 1874年に経営は集書会社に任される。1876年に京都府の直営になり、1882年、3月 、集書院の建物延べ面積500坪(1653㎡)あった。集書会社は閉鎖している。1889年に京都府教育会付属図書館開館に伴い、蔵書が移され、1900年の京都府立図書館に引き継がれた。


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 ウェブサイト「京都府立図書館」、『京都大事典』、『武田五一の建築標本』、『京都の洋館』、『慶應義塾百年史 上巻』、ウェブサイト「コトバンク」


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