桂小五郎・幾松寓居跡 (京都市中京区)  
The ruins of temporary residence of Katsura, Kogoro
桂小五郎・幾松寓居跡 桂小五郎・幾松寓居跡
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「桂小五郎 幾松 寓居址」の石標


「長州藩控屋敷跡」とある。


料亭「幾松」


料亭「幾松」


料亭「幾松」
 木屋町通御池上ル東側に「桂小五郎 幾松 寓居址(かつらこごろう いくまつ ぐうきょあと)」の石標が立つ。
◆歴史年表 詳細は不明。
 江戸時代、この付近の鴨川西岸に、かつて長州藩控屋敷があったという。桂小五郎は、三本木の芸妓・幾松と住んだという。
 1864年、池田屋事件では、新撰組に追われた小五郎は、寓居で幾松の機転により助かったという。
 近代、1877年、松子(幾松)は、夫・孝允(小五郎)の没後、剃髪し翠香院と号した。この地、木屋町へ転居に暮らしたという。
◆木戸孝允 江戸時代後期-近代の政治家・木戸孝允(きど たかよし/こういん、1833-1877)。桂小五郎(かつら こごろう)。萩に生まれる。長州藩医・和田昌景の子。1840年、桂九郎兵衛の養子になる。1849年、吉田松陰の門下になる。1852年、江戸に出て剣術の斎藤弥九郎の練兵館(神道無念流)に入り塾頭になる。その後、蘭学、造船術も学ぶ。1860年、長州藩の軍艦「丙辰丸」船上で水戸藩士・西丸帯刀らと「丙辰丸盟約」を結び、尊王攘夷に加わる。1862年、藩命により京都・長州藩邸へ入り情報収集を行う。1863年、八月十八日の政変後、京都に潜伏した。1864年6月、池田屋事件では難を逃れた。7月、蛤御門(禁門の変)で但馬・出石に潜伏する。1865年、一旦長州帰藩した。1866年、京都・薩摩藩邸で坂本龍馬の立会により、薩摩藩・西郷隆盛らと「薩長同盟」を結ぶ。1868年、太政官出仕、「五箇条の御誓文」の革案作成に関与した。大久保利通、西郷らと討幕挙兵について協議した。1869年、版籍奉還建白の実現に関わる。1870年、新政府の参議、1871年、西郷とともに廃藩置県を成した。岩倉使節国の全権副使として米欧視察する。1873年、帰国後、憲法制定を建言した。西郷、板垣らの征韓論に対して、大久保、木戸らの内治派は、国力が充実していないとして強硬に反対した。1874年、台湾出兵に反対し参議を辞する。1875年、政府に復帰し地方官会議の議長になる。その後、再び辞職した。維新三功臣(ほかに西郷隆盛、大久保利通)の一人。
 墓は霊山護国神社内墓地(東山区)にある。
◆木戸松子 江戸時代後期-明治時代初期の女性・木戸松子(きど まつこ、1843-1886)。父は若狭小浜藩士・木崎(生咲)市兵衛、母は医師・細川益庵(太仲)の娘・末子。父は町奉行の祐筆であり、藩内事件の責により、妻子を残し京都へ出奔する。一家離散し、母は実家に戻る。その後、母の再婚に伴い、1851年-1852年、上洛し、一条家諸大夫の次男・難波常二郎(恒次郎)養女になる。1856年、14歳で東三本木「吉田屋」より舞妓に出され、2代目・幾松の芸妓名を継ぐ。置屋「瀧中」に属した。勤皇芸者として売れっ子になる。1861年-1862年、桂小五郎(木戸孝允)と出会う。1864年、池田屋事件後、二条大橋に潜んだ桂に握り飯を届けたという。1864年-1865年、出石に潜伏した桂を迎えに行く。1870年、孝允と結婚し、長州藩士・岡部富太郎の養女になり、木戸松子と名乗る。社交界に登場し鹿鳴館で注目を浴びた。1877年、孝允没後、出家し翠香院と号した。晩年は三本木(木屋町とも)の寓居に暮らした。
 墓は夫・孝允とともに霊山護国神社内墓地(東山区)にある。
◆寓居跡 寓居跡には、長州藩控屋敷があったともいう。桂小五郎(木戸孝允)と幾松(松子)がしばしば暮らしたという。
 志士らは会合のために利用した。新撰組の探索に備え、鴨川への抜け穴、飛び穴、のぞき穴、つり天井、天井には、大きな石が仕掛けられていたという。
 1864年の池田屋事件後、潜伏していた小五郎は、二条大橋の下に乞食姿で身を隠し、幾松は握り飯を作り届けていたという。新撰組の近藤勇らが屋敷に踏み込んだ際に、幾松は二階の長持ちに桂を隠した。近藤に啖呵を切り引き下がらせたという。孝允の没後に、松子は余生をこの地に暮らしたという。
 現在は料亭「幾松」がある。


*原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 ウェブサイト「京都市 京都のいしぶみデータベース」、『新選組と幕末の京都』、『京都大事典』、『おんなの史跡を歩く』 、ウェブサイト「コトバンク」  


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map 桂小五郎・幾松寓居跡 〒604-0923 京都市中京区上樵木町498,木屋町通御池上ル東側 
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