福ノ川跡・中山・吉田寺跡 (京都市左京区)
Fukunokawa River
福ノ川跡 福ノ川跡
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この付近の崖に流路があった。



福ノ川町の地名が残る。

 かつて、現在の岡崎真如堂、岡崎福ノ川付近には、地名の由来になった福ノ川という小川の流れがあった。
 一帯は、「中山(なかやま)」と呼ばれていた。神楽岡(吉田山)、黒谷の岡(栗原丘)の間であり、葬送地として知られた。中山堂といわれる持仏堂、墓所堂などが複数建ち並んでいたという。
◆歴史年表 古くより、中山は葬送地として知られていた。
 平安時代、876年、尊意は、洛東の吉田寺(岡崎福ノ川付近とも)で地獄絵を見て仏道を志し出家したという。(『尊意僧正伝』)
 平安時代末、中山には、廷臣・中山忠親(1132-1195)の中山堂、武将・源頼政(1104-1180)の菩提樹院堂などが建てられていた。
 中世(鎌倉時代-室町時代)、中山には火葬場があり、三昧所(死者を葬送する場所)になる。
 江戸時代、1668年、吉田寺が廃寺になった。
◆尊意 平安時代前期-中期の僧・尊意(そんい、866/876-940) 。息長丹生(おきなが にう)。号は法性房。京都の生まれ。876年、11歳で吉田寺で地獄絵を見て仏道を志す。栂尾寺・賢一に学ぶ。879年、比叡山に上り極楽寺・増全により得度した。諸国を巡り、河内国で霊木を得て千手観音像を造仏し帰依した。887年、登壇受戒し12年籠山し、増全、玄昭に台密を学ぶ。円珍に菩薩戒を受けた。第60代・醍醐天皇、第61代・朱雀天皇の護持僧になる。926年、天台座主より14年間在任した。930年、清涼殿での落雷時に天皇を加持した。938年、大僧都になる。939年-940年、平将門の乱を調伏した。
 旱魃、疫病流行に祈願した。諸国一万塔の修補、大般若経60部、観音像60体の全国安置を朝廷に請い許される。著『法性私記』など。
◆福ノ川 現在は、左京区岡崎に西福ノ川町、東福ノ川町の地名が残る。かつて、この付近の崖下に福ノ川の流れがあったという。現在は暗渠になっている。
 流路は、吉田山から神楽岡通、春日北通を経て、琵琶湖疏水に注いでいた。川底に、多数の銭貨(一文銭)が流れていたため、「福ノ川」と名付けられたという。
 周辺の中山には葬送地、無常所が散在していた。死者の埋葬に際して、棺桶に六文銭を入れる風習があった。死者は、三途の川の渡賃として銭を持たされた。歳月を経て、焼場より銭貨が川に流れ出したという。
◆吉田寺 ◈平安時代に左京区岡崎(岡崎福ノ川付近とも)に吉田寺(よしだでら)があったという。詳細は不明。付近の地名の中山から「中山吉田寺」、「中山観音堂」とも呼ばれた。中山葬場の墓守寺として機能していた。
 飛鳥時代の行基(668-749)が創建した吉田院の後身ともいう。本尊に千手観音を安置した。この本尊は、奈良時代に吉備真備(693/695-775)が唐より得た霊木により彫ったという。(『吉記』)。吉備は、観音像を安置するために一宇を建て、吉田寺の前身になったともいう。
 平安時代、876年に11歳の尊意(866-940)は、洛東・吉田寺を訪れた。後壁に描かれた地獄絵を見て、仏道を志し出家したという。1110年12月、永観(1033-1111)は、当寺で迎接講(むかえこう、練供養)を修した。室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)により焼失した。江戸時代には、洛陽七所観音の一つになる。1668年に廃寺になった。
 現在、金戒光明寺(左京区)に安置の千手観音立像(重文)は、かつて吉田寺の本尊だったともいう。吉備真備も遷されたという。
 ◈なお、もう一つの吉田寺が存在した。「神楽岡吉田寺」と呼ばれ、吉田神社の北(北白川追分町付近とも)にあった。(『天台座主記』巻1)。平安時代、977年に天台座主・良源(912-985)が創建する。女人禁制の延暦寺に登らずに参拝するために建てられたという。その後、早くに廃寺になったという。


*原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都大事典』『昭和京都名所図会 2 洛東 下』 、ウェブサイト「コトバンク」


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