寿延寺 (洗い地蔵) (京都市東山区)
Juen-ji Temple
寿延寺 (洗い地蔵)  寿延寺 (洗い地蔵)  
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参道の石畳
 宮川町の東、北御門町に寿延寺(じゅえんじ)が建つ。洗い地蔵(あらいじぞう)で知られている。境内は大黒町通に面し、通り名は山内に安置されている大黒天堂に由来する。山号は興福山という。
 日蓮宗。本尊は一塔両尊(釈迦如来・多宝如来)。
 洗い地蔵は病平癒、心の病平癒、浮気封じなどの信仰がある。 
◆歴史年表 江戸時代、1616年、当初は富小路高辻(下京区)に、円乗院日柔上人の開山により創建された。開基は興福院寿延による。かつて、安房国小湊(こみなと)・誕生寺の末寺だった。(『京都府地誌』)
 1655年、明暦年間(1655-1658)、現在地(東山区)に移る。(『京都府地誌』)
◆円乗院日柔 江戸時代の僧・円乗院日柔(生没年不詳)。詳細不明。1616年、寿延寺の開山になる。
◆興福院寿延 江戸時代の商人・興福院寿延(?-1627)。摂津国三島郡目垣村の人。酒造業の村田家4代当主。寿延寺の開基になる。
◆仏像 本堂中央に本尊の「一塔両尊(釈迦如来、多宝如来)」、「日蓮上人像」、脇に「四大菩薩(上行<じょうぎょう>、無辺行<むへんぎょう>、浄行<じょうぎょう>、安立行<あんりゅうぎょう>)」、「四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)」、左に「鬼子母神尊」、右奥に伝教大師最澄(767-822)作という「油涌(あぶらわき)大黒天」を安置する。大黒天像は開山・日柔の持念仏ともいう。
 妙見堂に「開運北辰妙見菩薩」を安置する。
 洗心殿に「浄行大菩薩」、「弁財天」は江ノ島弁財天の分身という。
◆地蔵 参道北の洗心殿に、合掌する石像を安置する。「洗い地蔵」といい、黄金色の像は参詣者により磨き上げられている。
 ただ、実際には地蔵菩薩ではなく浄行菩薩になる。日蓮宗・法華宗の『法華経』中、四菩薩(四士)の一つであり、釈迦如来が説法をした際に大地が割れ、涌き出た無数の菩薩の筆頭とされている。釈迦亡き後、末法の世で仏法を護持するとされた。金色の身体で三十二相を具える。
 当初は本堂内に安置されていた。その後、堂外の洗心殿に遷された。諸病平癒の信仰があり、水徳により身体の苦患を洗い清め、守るとされる。祈願者の患部に当たる浄行菩薩像の部分を、たわしで擦ると祈願成就するという。近くの花街・宮川町の芸妓は、旦那の浮気封じのために祈願したという。1977年に寄進により雨除けが付けられた。像高60cm、花崗岩製。
◆十禅師の森 参道には地主十禅大明神を祀る。かつて当地には、十禅師社が祀られ「十禅師の森(十禅の森)」が存在していた。森は松原通に面し、北御門町より西御門の間にあったとみられている。
 当寺によると、平安時代、第50代・桓武天皇の勅願により、武官・坂上田村麻呂(758-811)が地主五条の十禅宮(十禅師社)を祭祀したものという。
 また、十禅師の森では平安時代の源義経(1159-1189)と武蔵坊弁慶(?-1189)が主従の契りを結んだ場所との伝承も残る。
◆碑 境内中庭に、義経、弁慶に因み、五条大橋旧跡の碑がある。
◆年間行事 節分星祭祈願読誦会(2月3日)、浄行大菩薩大祭(6月1日)。


*年間行事・は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都市の地名』『新版 京のお地蔵さん』『京の寺 不思議見聞録』


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大黒堂

大黒堂

大黒堂

当山開基檀越顕彰碑

十禅大明神

宗祖日蓮大上人御廟所

洗心殿

洗心殿

洗い地蔵尊

弁財天

弁財天

弁財天、「蛇形大弁財天女 北条時政公感得」とある。

南無妙法蓮華経 法界の石塔


本堂


本堂

本堂

本堂

本堂

玄関


妙見堂


妙見堂
 寿延寺 京都市東山区北御門町254,大黒町通松原下る   075-561-7855   6:00-17:00
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