飛鳥田神社 (京都市伏見区横大路)
Asukada-jinja Shrine
飛鳥田神社 飛鳥田神社 
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鳥居、江戸時代、「慶安五壬申年(1652年) 島写弁才天御宝前」の刻銘。
 横大路の旧京阪国道13号線沿いに飛鳥田(あすかだ/あすかた じんじゃ)神社はある。柿本社(かきもとのやしろ)とも称した。旧横大路村の産土社として祀られた。   
 祭神は別雷命(わけいかずらのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
 式内社。平安時代、『延喜式神名式(延喜式神名帳)』(927)中「紀伊郡 八座 大三座 小五座」、「飛鳥田神社、一名柿本社」の論考社。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 飛鳥時代、653年、第36代・孝徳天皇の神託により社殿を造営したという。(社伝) 
 654年、別雷命を勧請したのを始まりとするもいう。(社伝)
 平安時代、816年、飛鳥田神社についての記載がみられる。(『日本紀略』、平安時代)。式内社の飛鳥田神社に比定されるかについては不明とされる。
 平安時代、「一名柿本社」とあり、柿ノ本町の当社が式内社の可能性はあるとされる。(『延喜式神名帳』、平安時代、927)
 南北朝時代、1418年、社殿が造営された。
 1477年、修造される。
 安土・桃山時代、1576年、修理される。
 1596年、屋根葺替が行われる。
 江戸時代、1614年、修理が行われている。(いずれも『山城志』、江戸時代、1734)
 17世紀半(1652年/1656年頃)、境内の整備が行われたとみられる。
 現代、2013年、台風などによる社殿損傷の修復が完成する。
◆建築 本殿・拝殿(京都市登録有形文化財)は覆屋のなかに建つ。大型の一間社流造になる。江戸時代、17世紀半ば頃までに造営されたとみられている。特徴として、木割が太く装飾が少ない。一部に改変があるが当初の様式を残すものという。
 柱頭に舟肘木を落とし込み、柱が直接桁を支持する形になっている。これは特異な手法という。
◆文化財 境内正面の鳥居に「慶安五壬申年(1652年) 島写弁才天御宝前」、手水鉢に「島写弁才天 御宝前 明暦三年(1656) 五月日」という江戸時代の刻銘があり、社殿もこの頃再建されたとみられている。
◆年間行事 歳旦祭・元日祭(1月1日)、例祭・春季大祭(4月20日)、大祓式(6月30日)、御千度祭(9月1日)、秋季例祭(10月第3日曜日)。
 月次祭(毎月1日、15日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 当社由緒、案内板、『京都大事典』


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石灯籠

石灯籠

覆屋

拝殿内部

本殿

本殿、特色として木割が全体として太く、装飾部分が少ない。そのほか蛙股、実肘木、虹梁の形状などから、17世紀半ばまでに造営されたものとみられている。

本殿、柱頭に舟肘木(右端上)を落とし込み、柱が直接桁を支持し、舟肘木と桁が一体化しているという特徴がある。

本殿、蛙股

本殿、獅子

【参照】修復前

【参照】修復前

末社、右より、八幡社、祭神・八幡大神、祇園社・素戔嗚尊(すさのおのみこと)。貴船社・高おかみ神(たかおかみのかみ)、春日社・春日大神。

末社、石神社(いわがみしゃ)・大己貴神(おおなむちのかみ/おほなむちのかみ)


狛犬


末社、稲荷神社・倉稲魂神(うかのみたまのかみ)?

手水舎

手水鉢、江戸時代「島写弁才天 御宝前 明暦三年(1656年) 五月日」との銘が入る。この頃、現在の社殿も再建されたとみられる。

手水舎

「大典紀念」の石標

大典紀念の植樹

クスノキの大木
 飛鳥田神社 〒612-8296 京都市伏見区横大路柿ノ本町11 
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