霊明神社 (京都市東山区)
 Reimei-jinja Shrine
霊明神社  霊明神社
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社務所


本社


本殿


猿田彦御神石




猿田彦御神石



さざれ石



手水




幕末志士葬送の道(霊鷲山正法寺参道・霊山正法寺道)



この奥(左手)に墓地がある。右手に正法寺がある。
 幕末期、志士の遺骸が葬送された霊山正法寺道沿いの急坂途中に、小社・霊明神社(れいめい-じんじゃ)はある。
 当地は、招魂社・招魂祭の起源の地であり、維新後、東京招魂社・靖国神社へと引き継がれた。
 祭神は本社に、天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)、熊野三柱大神として、菊理媛尊(くくりひめのみこ)、速玉男命(はやたまおのみこと)、事解男命(こととけおのみこと)。
 相殿に天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)、天鈿女命(あめのうずめのみこと)、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、經津主命(ふつぬしのみこと)。
 末社に、猿田彦御神石を祀る。
◆歴史年表 江戸時代、1807年、猿田彦御神石が境内に遷される。
 1809年、初代・村上都愷(くにやす)が正法寺塔頭・清林庵所有の山林1000坪を買い受け、霊明社が建立される。徳川政権下で神道による葬式、神葬祭を断行する。(霊明神社文書)
 1862年、3代・村上(丹波)都平(くにひら)の時、神葬祭を勧める長州・毛利家とつながる。在京志士の葬送、祭礼地になる。吉田玄蕃(黙)により、船越清蔵の墓が建立され神道葬が営まれる。安政の大獄(1858-1859)以降の殉難志士の「報国忠死の霊魂祭」が営まれる。
 1863年、土佐の吉村虎太郎(1837-1863)は、友で病死した宮地宜蔵 (1838-1863)の埋葬、祭祀を依頼した。(「村上都平宛吉村虎太郎書翰」)
 1864年、長州の久坂玄瑞(1840-1864)は、先祖永代供養を任せる。長州屋敷により、池田屋事件で暗殺された吉田稔麿(1841-1864)が埋葬される。(「里村文左衛門ほか宛塩屋兵助ほか書翰」)。 
 1867年、近江屋事件で京都見廻組により暗殺された坂本龍馬(1836-1867)、中岡慎太郎(1838-1867)、世話役・山田藤吉(1848-1867)が当社に葬られた。(「中岡源平宛清岡半四郎書翰」)。
 近代、1868年、霊明社、村上氏の境内地、墓地は上知になり、東山招魂社に譲られる。(霊明神社文書)
◆村上都愷 江戸時代後期の霊明社初代・村上都愷(むらかみ-くにやす、 ?-?)。地下人(六位以下の貴族)。1809年、霊明社を建立する。徳川幕府の宗教政策下で、神道による葬式(神葬祭)を断行する。
◆吉田黙 江戸時代後期-近代の神職・勤王家・吉田黙(よしだ-しずか、1823-1898)。通称は玄蕃。寺侍として曇華院(どんげいん)に仕えた。大原重徳、三条西季知、姉小路公知、沢宣嘉の邸に出入りした。1864年、禁門の変後、山城・綴喜郡の郷士を率いて御所警護にあたる。維新後、白峰宮、奈良・竜田、大和神社宮司になる。77歳。
船越清蔵 江戸時代後期の武士・船越清蔵(ふなこし-せいぞう、1805-1862)。名は守愚、号は豊浦山樵、変名は小出勝雄。尊攘派の長門(山口県)清末藩士だった。豊後の儒学者・経世家・帆足万里(ほあし-ばんり)に師事し、長崎で西洋医学を学ぶ。蝦夷地の国防・開発を論じた。萩藩藩校「明倫館」などで講義した。著『祖宗論』。58歳。
◆神石 現在、末社として祀られている猿田彦御神石には伝承がある。江戸時代、1807年に境内に遷された。
 神石は五条御幸町の借家裏に、数百年にわたりあったという。住人が崇りに遭うことが数度続いた。普請の際に出入作業の二人が落ちて大怪我をした。このため、家主が道者に依頼しお祓いをする。その夜、夢告に猿田彦大明神が顕れた。平安時代、源融(822-895)の六条河原院造営に際し、御殿内に道祖神として祀られていたという。その後、祇陀林寺(ぎだりんじ)となる。後、数百年に渡り神徳が隠れた。だが、この度、悪水の不浄に耐えかね遷座を望んだものという。夢覚め、「お限り稲荷」と号されたという。
 当社初代がお祓いを執り行ったことから、当社末社として遷座されたという。道路安全、旅立ち安全、縁結び、厄除け、方位などのご神徳があるという。
◆年間行事 歳旦祭(1月2日)、春季大祭(3月春分)、秋季大祭(9月秋分日)。 


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。

*参考文献・資料 『洛中洛外』、「幕末志士葬送の道副碑碑文」 、ウェブサイト「コトバンク」


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【参照】幕末志士葬送の道(霊鷲山正法寺参道、霊山正法寺道)、霊明神社へ続く急な石段

【参照】「幕末志士葬送の道」の碑、霊鷲山正法寺参道(霊山正法寺道)沿いにある。2010年、特定非営利活動法人、京都龍馬会が建立した。
【参照】付近の墓地、もとは土佐高知藩神霊社が建ち、東側(左手)に吉村虎太郎ら天誅組志士の墓があった。墓は現在、霊山護国神社内に遷された。
霊明神社 〒605-0861 京都市東山区清閑寺霊山町25  075-525-0010

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