春日神社(京都市右京区京北宮町) 
Kasuga-jinja Shrine
春日神社  春日神社
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本殿


右より八幡神社、天照天皇大神宮、稲荷神社


右より春日神社 三輪神社、平野神社


宇賀神社



右から松尾神社、天照天皇大神宮社



本殿裏




硯石



百年桜



花弁の八重(左)と一重が混じって咲くという。花弁が6枚以上ある一重、一重の変種ともいえる。



先代の桜、樹齢300年以上の古株。



境内近くにある「宇賀神社本地」の碑
 堰川(上桂川)上流域の谷あいにある宮地区は、近世以前は黒田宮村といわれていた。 
 この地に、地域の氏神、春日神社(かすが じんじゃ)がある。社殿すぐ近くに、「黒田の百年桜」という珍種の桜がある。
 祭神は、武甕槌神(たけみかづちのかみ)、經津主神(ふつぬしのかみ)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比咩大神(ひめおおかみ)。
◆歴史年表 古代(奈良時代-平安時代)より、この地は藤原氏の領地だったという。
 平安時代、1013年、藤原氏の氏神、春日神社の祭神が勧請されている。当初は、宮野大明神と呼ばれたという。
 鎌倉時代、1265年、社殿が再建されている。
 1324年、分村があり、分かれた宮村上村、宮村下村双方の氏神になった。
 1329年、上村に新たに神社が建立され、当社は、宮村下村の氏神になった。
 江戸時代、1687年、再建された。現在の本殿が建てられ、春日大明神と改称された。
 近代、1883年、春日神社と改称されている。
◆光厳天皇 鎌倉時代-南北朝時代の北朝初代・光厳天皇(こうごん-てんのう、1313-1364)。名は量仁(かずひと/ときひと)、法名は勝光智(しょうこうち)、無範。京都の生まれ。第93代・後伏見天皇の第1皇子。母は広義門院・藤原寧子。1326年、第96代・後醍醐天皇皇太子・邦良親王の没後、両統迭立案により祖父・伏見上皇の意向で持明院統の正嫡として、鎌倉幕府の支持により皇太子になる。1331年、後醍醐天皇が鎌倉幕府討伐を企てた元弘の変の失敗後、後醍醐天皇は笠置に遷幸した。量仁親王は、北条高時に擁立されてが践祚、即位した。持明院統の天皇になる。父・後伏見天皇が院政を行う。1332年、後醍醐天皇の隠岐島配流、1333年、鎌倉幕府の滅亡後、後醍醐天皇は吉野に移り南北朝に分裂した。光厳天皇は廃され太上(だいじょう)天皇(上皇)になる。建武新政後、1335年、足利尊氏は挙兵し、1336年、足利尊氏は後醍醐天皇に離反したものの、光厳上皇の院宣により朝敵を免れた。尊氏の政権掌握により尊氏の要請で光厳上皇は、弟の北朝第2代・光明天皇(豊仁親王)を即位させ院政に当たる。後醍醐天皇は神器を携え吉野に逃れ、持明院統(北朝)と大覚寺統(南朝)の対立は深まる。1348年、光厳上皇は、北朝第3代・崇光天皇にも院政を執る。1351年、第97代天皇・南朝第2代・後村上上皇は崇光天皇を廃した。南朝が優勢になり、北朝が廃せられた。(正平[しょうへい]一統)。1352年、光厳上皇、光明上皇、崇光上皇ら北朝3代上皇は、南朝軍に拉致され河内、大和賀名生(あのう)などに移され幽閉された。光厳上皇は、夢窓疎石に帰依し村上天皇の行宮に移り、剃髪し勝光智(しょうこうち)と称した。河内の金剛寺に移り、孤峰覚明に帰依し光智に改めた。1357年、帰京し、伏見深草・光厳院入る。1362年、巡礼に出た。最晩年、京北の常照皇寺で禅僧として余生を送る。無範和尚と号した。
 和漢儒仏の学に通じた。中厳円月(ちゅうがん-えんげつ)、春屋妙葩(しゅんおく-みょうは)、清渓通徹(せいけい-つうてつ)などに師事、帰依した。『風雅和歌集』に着手、笙、伏見院流の書に秀でた。日記『光厳院宸記』がある。
 常照皇寺(右京区京北)で亡くなり山国陵(右京区京北)に葬られた。52歳。塚には松柏のみを植えることを許した。天龍寺・金剛院(右京区)に遺髪塔がある。分骨所は金剛寺(大阪府河内長野市)にある。近代以降、歴代の天皇から除かれる。

◆硯石 境内に「硯石(すずり-いし)」といわれる岩が置かれている。 
 鎌倉時代、1332年に、光厳天皇は在位一年のこの年に出家し、法皇になった。法皇は、京北の地に仏堂を建立するため、笹部から谷に入り、昼食を境内の石に腰掛けて摂ったという。
 石の窪で墨を磨り、文字を書いたともいう。以来、人々は、谷を「中食谷」と称し、石は「硯石」と呼んだ。
 石は、洪水により、二転三転したため、2000年に境内の現在地に安置された。硯石は、文芸上達の信仰を集めている。 
◆百年桜 春日神社の脇に、「黒田百年桜(百年桜)」と呼ばれる樹齢100年の桜が植えられている。
 旧黒田村役場と春日神社の境内には、かつて桜の大木(樹齢300年-350年)が植えられていた。近代、1873年の台風により倒木している。村人はこれを惜しみ、跡地に一本の八重桜を植えたという。
 種は山桜の突然変異種という。10枚から20枚の八重の中に、一重が混じって花弁を付けた。紅色の大輪が手鞠のように固まって咲いた。また、花からは甘い香りがしたともいう。
 突然変異種は種子が取れないため、植木職人の第15代・16代の佐野藤右衛門親子による30年余りの苗作りが続けられた。1977年に苗作りは成功し、15代により樹齢100年と明治100年に因み、「黒田百年」と命名された。1983年、大阪造幣局の桜の通り抜け100年記念に、この若木2本が造幣局内に植樹された。その後、この親木も「百年桜」と呼ばれるようになる。
 なお、近くの常照皇寺にも一重と八重が一枝に咲くという、「御車返し(みくるまがえし)の桜」がある。 
◆年間行事 例祭(10月10日)。


*周辺にはほかに2つの春日神社がありますのでご注意ください。
*年間行事の中止、日時変更、拝観時間変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『京都さくら散歩』 、ウェブサイト「コトバンク」   


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春日神社 〒601-0406 京都市右京区京北宮町宮野90  075-856-0968
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