山国護国神社 (京都市右京区) 
Yamagun-gokoku-jinja Shrine
山国護国神社  山国護国神社
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「官祭山国隊招魂社」の石碑






右から山国隊司令・原六郎(進藤俊三郎、1842-1933)、隊長・河田左久馬(1828-1897)、水口市之進らの墓石



山国隊の墓標


池田慶徳(1837-1877)の墓石


原六郎(進藤俊三郎、1842-1933)の墓石 
 京北山国にある山国護国神社(やまぐに ごこく じんじゃ)は、かつて山国隊招魂社と呼ばれた。
 祭神は、山国隊隊士、戦没者を祀る。
◆歴史年表 江戸時代末期、1868年、勤皇隊の総司令官・西園寺公望により募兵要請が行われた。山国の名主らがこれに呼応し、農兵隊「新勤皇山国隊」が結成される。1月11日、山国神社より隊は出陣した。
 近代、1869年2月21日、山国隊は凱旋し、山国神社に参拝している。2月24日、五社明神に参拝し、 薬師山に犠牲になった7隊士の墓標を立て招魂祭を催した。
 1882年-1945年、京都府の通達以来、第二次世界大戦終結年まで、招魂社祭祀、修繕などの諸経費は官費により賄われていた。
 1883年、社殿、石棚が新築されている。
 1895年、平安神宮の時代祭に村民が山国隊の装束で参列する。
 現代、1945年、第二次世界大戦の終結とともに官費の支給が禁止になる。宗教法人「山国郷社」になる。
 1946年、宗教法人「山国護国神社」になる。
 1967年より、日清戦争(1894-1895)、日露(1904-1905)、第二次世界大戦(1939-1945)の戦病死者も合祀された。
◆山国隊 江戸時代末期、1868年、天皇親政(王政復古の大号令)が宣言され、旧朝幕体制は廃絶になり、新政府が発足した。新政府軍、勤皇隊の総司令官(鎮撫使)・西園寺公望(1849-1940)により募兵要請が行われた。
 山国の名主らがこれに呼応し、1月に官軍派の農兵隊「維新勤皇山国隊」が結成された。隊名は参与・岩倉具視(1825-1883)によるという。中心に、藤野斎、水口市之進、河原林安左衛門らがいた。西軍、東軍の2軍、5日間で83人(91人とも)が集う。藤野は、隊士34人を嵯峨野でフランス式調練した。農民たちは猟師も兼ねており、体力も優れ、銃器の扱いにも慣れていた。陣羽織、鳥毛、脚絆、草履の井出達で、笛と太鼓に歩調を合わせて行進した。
 1月11日、隊は山国神社より出陣する。隊は、東山道軍で因幡鳥取藩に付属した。鳥取藩兵参謀・山国隊隊長・河田左久馬(かわた さくま、1828-1897)が任じられる。官軍としての初陣は、甲州勝沼で旧幕府軍、近藤勇の甲陽鎮撫隊との戦いだった。山国隊が勝利し、戦利品として大砲、銃などを押収した。河田は、隊士に「魁」の大文字入り熊毛の付きの陣笠を支給した。続いて、野州、1868年5月の上野戦争では彰義隊と交戦した。宇都宮の戦いにも参戦している。なお、水口隊は御所・市中の警護、戦費調達を行っている。
 各地の戦線で、隊士7人の犠牲者(4月栃木・安塚村で戦死3人、そのほか行方不明1人、病死3人)を出しながらも、1868年11月に大総督・有栖川宮の凱旋隊に加わり帰郷した。1869年2月21日に山国神社に凱旋参拝している。1870年に山国隊は解散した。
 1895年、遷都1100年の記念の平安神宮時代祭で、山国隊が先頭を行進し、以後25年間続いた。現在も、山国神社の還幸祭、時代祭行列(10月22日)では、山国隊軍楽保存会による維新勤王隊列の鼓笛隊が先頭を行進している。
◆7隊士 伍長会により、辻村薬師山に犠牲者の招魂場を設けることが決議された。1869年2月24日、五社明神に参拝し、薬師山に7隊士の墓標を立て招魂祭を催した。
 当初合祀された山国隊の7隊士名は、仲西一太郎(中西市太郎)(戦死場所、江戸)、高室重蔵(江戸)、田中浅太郎(栃木県安塚)、高室治兵衛(重蔵)(安塚)、田中伍右衛門(上野)、北小路萬之助(京都)、新井(にい)兼吉(安塚)になる。
◆年間行事 招魂祭(1875年の招魂祭以来続けられている。)(4月22日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都・山城寺院神社大事典』『京都府の歴史散歩 上』『京都の地名検証 3』『京都幕末維新かくれ史跡を歩く』『京都大事典』『京都の寺社505を歩く 下』


関連・周辺山国神社     周辺常照皇寺     関連       

日清、日露、第二次世界大戦兵士も数多く葬られている。

【参照】時代祭での維新勤王隊列
 
山国護国神社 〒601-0322 京都市右京区京北辻町清水谷10
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