滝口寺 (京都市右京区)
Takiguchi-dera Temple
滝口寺 滝口寺
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小松堂、時頼の主君・小松内大臣・平重盛を祀る。

新田義貞の首塚、勾当内侍の供養塔

 小倉山を背後にする滝口寺(たきぐちでら)は、『平家物語』の滝口入道と横笛の悲恋で知られている。山号は小倉山という。かつて、往生院の子院の一つであり、往生院三宝寺といわれた。
 浄土宗。本尊は阿弥陀如来。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 平安時代、法然の弟子・念仏房良鎮(?-1182)は、往生院子院・三宝寺を開創する。念仏道場として栄えた。山上より、数多くの坊が建ち並んでいたという。その後、祇王寺と三宝寺のみが残った。
 1179年、斎藤時頼は、滝口入道と号して嵯峨・往生院に入寺したという。(『平家物語』巻十)
 江戸時代、『平家物語』ゆかりの寺として知られた。
 近代、1868年、神仏分離令後の廃仏毀釈により、廃寺になる。
 1894年、高山樗牛(ちょぎゅう)は処女作『滝口入道』を著す。
 1923年、マキノ映画『瀧口入道 夢の恋塚』(監督・後藤秋声)が制作され、寺が広く知られた。
 昭和期(1926-1989)初期、長唄・杵屋(きねや)佐吉により、往生院の子院・三宝寺跡の再興のために小堂が建てられる。寺号は、歌人、国文学者・佐佐木信綱により、高山樗牛の『滝口入道』に因み、滝口寺と名付けられた。(寺伝)
◆良鎮 平安時代末期の僧・良鎮(?-1182)。念仏房良鎮、護阿。京都の生まれ。融通念仏宗の6世。法然の弟子、往生院子院・三宝寺を開創する。
◆横笛 平安時代の伝説的な女性・横笛(生没年不詳)。詳細不明。平清盛の二女・県礼門院(1155-1213)の侍女として仕えた。和歌、琴、琵琶に優れたという。
◆滝口入道 平安時代の武士・滝口入道(生没年不詳)。詳細不明。斎藤滝口時頼。滝口の武士であり、内大臣・平重盛に仕えたという。1181年、道心により法輪寺で出家したという。1180年ね高野山で出家したともいう。
◆勾当内侍 南北朝時代の女性・勾当内侍(こうとう の ないし、1157-?)。詳細不明。名筆・藤原行成の子孫。父は二位少納言経尹(つねただ)。10人兄弟の末子。美貌で知られ、16歳で第96代・後醍醐天皇の後宮に仕えた。1334年、新田義貞は内裏警護の際に、勾当内侍を見初める。勾当内侍は、天皇により義貞討幕の戦功恩賞として与えられ、その妻になったという。1338年、義貞が越前藤島の戦いで討死後、尼になる。嵯峨・往生院辺に庵を結び、義貞の菩提を弔ったという。琵琶湖に身を投じたともいう。野神神社(大津市)に墓がある。滝口寺の義貞首塚の傍らに供養塔が立つ。
◆平家物語 『平家物語』維盛高野の巻では、斎藤時頼(滝口入道時頼)と建門院(平重盛の妹)の侍女・横笛の悲恋が描かれている。
 時頼は、平安時代末期の武士で、宮中警護に当たる滝口の武士であり、内大臣・平重盛に仕えていた。
 13歳の時頼は、清盛の西八条殿で催された花見の宴で、雑仕女(ぞうしめ)・横笛の舞いを見て恋に陥り、恋文を送る。だが、身分の違う結婚を嫌う、時頼の父に反対される。また、主君の信頼に背いたとして時頼は、その思いを断ち切るために、嵯峨・往生院で出家し滝口入道と称した。
 横笛は、自らの思いを伝えるために往生院を探し訪ねる。僧坊からは滝口の読経の声が流れている。滝口は、その意に反して、同宿の僧に「そのような者は居ない」といわせる。滝口は、自らの未練を断ち切るために、高野山静浄院に移り修行を深める。
 それを聞き悲しんだ横笛は、大堰川に身を沈めたとも、奈良・法華寺で出家しで尼僧になったともいう。まもなく亡くなったという。横笛の死を聞いた滝口は、仏道修行に励み、大円院の第8代住職を務めたという。「高野の聖」と呼ばれたという。
 滝口入道が横笛に贈った一首「そるまでは恨みしかとも梓弓まことの道に入るぞ嬉しき」。
 横笛の返歌「そるとても何か恨みむ梓弓引きとどむべき心ならねば」。
 高山樗牛は、この話を題材にして小説『滝口入道』(1894)を書いた。
◆新田義貞・勾当内侍 もうひとつの物語『太平記』ゆかりの供養塔がある。
 鎌倉時代-南北朝時代の武将・新田義貞(1301/1300-1338)は、第96代・後醍醐天皇の鎌倉討幕運動に加わる。後醍醐天皇は、その恩賞として、公家女性・勾当内侍(こうとうのないし)与えたという。勾当内侍は義貞の妻ともいう。また、実在は不明ともいう。
 義貞は、後醍醐天皇の建武の新政から離反した足利尊氏らを討つ。尊氏は反撃し、義貞は北陸地方へ逃れるが、足利軍により戦死する。
 勾当内侍は義貞の死を知り、出家したという。また、戦死、入水したともいう。また、勾当内侍は、三条河原で晒し首になった義貞の首を密かに持ち帰り、この地に葬り庵を結んだともいう。
◆木像 本堂に、斎藤時頼(滝口入道)と横笛の坐像が並び安置されている。鎌倉時代後期作という。目に水晶(玉眼)が入り、往生院の遺仏のひとつとされる。
◆歌石 横笛ゆかりという「歌石(うたいし)」がある。
 横笛は寺を訪れ、滝口入道に会えなかった。横笛が当寺を去る際に、本心を伝えるために自らの指を切り、血で歌を書いたという。石に刻んだともいう。
 「山深み思い入りぬる柴の戸のまことの道に我を導け」。
◆供養塔・墓碑 斎藤時頼(滝口入道)と平家一門の供養塔(十三重塔)、新田義貞の首塚、勾当内侍の供養塔が立つ。
◆文学 小説家・高山樗牛が1894年に書いた小説『滝口入道』は、処女作であり代表作となる。
◆映画 映画『瀧口入道 夢の恋塚』(1923年、監督・後藤秋声、マキノ映画)がある。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都府の歴史散歩 上』『京都大事典』『昭和京都名所図会 4 洛西』『京都の寺社505を歩く 下』『洛西探訪』『おんなの史跡を歩く』『京を彩った女たち』『京に燃えたおんな』


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横笛の歌石、横笛が寺を訪れて滝口入道に会えなかったため、自らの指を切り、血で歌を書いたという石。「山深み 思い入りぬる 柴の戸の  まことの道に 我を導け」

十三重塔
 滝口寺 〒616-8387 京都市右京区嵯峨亀山町10-4  075-871-3929
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