樫本神社 (京都市西京区)
Kashimoto-jinja Shrine
樫本神社 樫本神社 
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 樫本神社(かしもと じんじゃ)は大原野神社の境外摂社になる。 
 祭神は仁徳天皇(にんとく てんのう)を祀る。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
◆仁徳天皇 古墳時代(5世紀前半)の第16代・仁徳天皇(にんとく てんのう、在位313?-399?)。詳細不明。大雀命(おほさざきのみこと)、大鷦鷯尊(おほさざきのみこと/おおささきのみこと)など。第15代・応神天皇の第4皇子。母は仲姫(なかつひめのみこと)。応神天皇の没後、異母弟・菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)皇子と互いに皇位を譲り合う。弟が兄を差置いて即位するのを避け、道稚郎子が自殺したため、313年、即位したという。在位 87年だったという。摂津難波高津宮に都が置かれ、難波の堀江を通じ、茨田堤 (まむた/まんだ の つつみ) 、和珥池 (わにのいけ) を開拓した。朝鮮半島北部の郡・楽浪遺民の獲得のために朝鮮に遠征、宋へ遣使した。人家の竈より炊煙が立ち上らないことに気づき、一時租税を免除した。自らは倹約のために宮殿屋根の葺替えをしなかったという。大和朝廷の最盛期を築いたという。『宋書(そうじょ)』倭国伝の倭の五王中の「讃(さん)」、「珍(ちん)」に比定されるともいう。応神天皇・仁徳天皇は同一人物ともいう。皇后は葛城襲津彦の娘・磐之媛命で、憤死後に仁徳天皇の異母妹・八田皇女が皇后に立てられたという。第17代・履中天皇、第18代・反正天皇、第19代・允恭天皇の父とされる。仁徳天皇の諡(おくりな)は、後の8世紀後半に付けられた。
 陵墓は、百舌鳥耳原中陵(和泉国大鳥郡、堺市、高石市)とされている。現在、仁徳陵に指定されている大山古墳(堺市)があり、日本最大の前方後円墳になる。


15 応神天皇(270-312) →16 仁徳天皇(313-399) →17 履中天皇(400-405)→18 反正天皇(406-411)→19 允恭天皇(412- 453)
 

*参考文献 サイト「コトバンク」


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map 樫本神社 〒610-1152 京都市西京区大原野南春日町813         
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