菱妻神社 (京都市伏見区)
Hishizuma-jinja Shrine
菱妻神社 菱妻神社
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割拝殿










本殿


八幡宮


具平宮



住吉神社





愛宕社
 菱妻神社(ひしづま-じんじゃ)は、東から鴨川、西高瀬川、桂川が流れる地点、その桂川のさらに西にある。現在は、参道の中を名神高速道路が東西に横切る。
 藤原氏、源氏の氏神、久我(こが)の郷の産土神となる。祭神は天兒屋根命(あめのこやねのみこと)、学問・運筆上達の信仰を集める。
 摂社・八幡宮は祭神・應神天皇、具平宮(たいのみや)、具平(ともひら)親王。住吉神社は底筒男神、中筒男神、上筒男神。粟島神社は少彦名命、虫八幡宮・應神天皇を祀る。
◆歴史年表 平安時代、1113年、久我家の祖・右大臣源雅実公(後の太政大臣)が、奈良・春日大明神の藤原氏祖神・天児屋根命を、源氏の守護神として勧請したものという。社名は当初、火止津目(ひしずめ)大明神(火鎮の神)といった。後の菱妻神社の社号もこの「ひしずめ」の転訛といわれている。かつての社域はいまよりも広く、桂川の西に方三十九間(70.9m四方)あり、本社、拝殿、神楽殿などが建ち並んでいた。
 遷宮の際には、源具仁親王、源氏(久我氏)、藤原氏の一族が、牛車三両、手輿数十丁を連ねて社参したという。
 平安時代末、1134年、桂川の大洪水により社地は流されている。
 1154年、火止津目から転訛した菱妻大明神を祀る。この頃、親王宣下の時に奉幣使が社参したという。巽の方角(東南)に惣門があり、奏聞口といった。辰の上刻(午前7時頃)まで人の通行を禁じていたという。南都より毎日白鹿が訪れ、この門を通り、卯の刻(午前6時頃)に南都に帰ったという謂れによる。
 中世(鎌倉時代-室町時代)、周辺の久我上(こがのかみ)庄の鎮守となり、上久我大明神ともいわれた。
 江戸時代、1835年、現在の本殿が建てられた。
◆源雅定 平安時代後期の公卿・歌人・源雅定(みなもと-の-まささだ、1094-1162)。中院入道右大臣。太政大臣・源雅実(まさざね)の次男。母は勘解由判官・藤原経生/田上二郎の娘。1119年、参議、1149年、内大臣、1150年、正二位、右大臣に昇る。淳和院、奨学院別当に任じられ、以後子孫がその職を継いだ。1154年、辞官出家し、法如/蓮如と号した。
 鳥羽上皇(第74代)の信任が厚かった。笙、胡飲酒(こんじゅ)の舞の名手であり、西行とも交遊した。『金葉和歌集』以下の勅撰集に入集。邸宅は中院と呼ばれた。
◆具平親王 平安時代中期-後期の皇族・具平親王(ともひら-しんのう、964-1009)。千種殿。第61代・村上天皇の第7皇子。母は荘子女王(代明親王の娘)。2歳で親王宣下。慶滋保胤らに漢詩文を学ぶ。987年、中務(なかつかさ)卿になり、後中書王(のちのちゅうしょおう)と呼ばれた。和歌、陰陽、医術に通じ、能書家でも知られた。第66代・一条天皇朝の文壇に加わる。仏教にも関わる。左京の六条に千種殿を営んだ。著『弘決外典抄』。46歳。
◆久我氏 久我家との関わりが深い。勧請した右大臣源雅実公は、久我家の祖になる。かつて境内には久我公の成殿があった。
 摂社・具平宮も、村上源氏の祖で、久我家の大祖・村上天皇第7皇子の具平親王(ともひら-しんのう、964-1009)を祀っている。
 浄土宗西山派派祖・証空(1177- 1247)は、久我内大臣通親の一門、加賀権守源(久我)親季(ちかすえ)の長男に生まれた。当社が九我家の氏神であることからこの付近に誕生し幼少期を過ごしたともいう。
◆建築 本殿は、江戸時代、1835年に建てられた。流造。
◆樹木 クスノキがある。
◆年間行事 神幸祭(5月上旬-中旬)、例祭(9月中旬、9月20日)。
 中世の頃、猿楽や競馬などの芸能もさかんに行われていた。千種(ちぐさ)祭は、中世の田植え祭りで久我家を讃える祭りという。
 近年まで、五月の還幸祭では、男児が五色の造花(花まき、厄除)で飾った古風牛車に乗り、神輿のお供をしていた。その後途絶えていたが、御旅所が改新築(1978)され、還幸祭に神輿渡御が復活した。
 神幸祭は「御出」といわれ、「センジョロ」(千歳、万歳の意)と唱え、緋縮緬の襷をかけた女児が、松明を持ち神輿の先行をつとめる。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献・資料 『京都・山城寺院神社大事典』、『京都大事典』、『證空辞典』、『京都 神社と寺院の森』 、ウェブサイト「コトバンク」   


久我神社  誕生寺        

2002年に解体された旧久我橋の欄干

オオクス

近くを流れる桂川

鴨川の支流西高瀬川
菱妻神社 〒612-8491 京都市伏見区久我石原町3-274 
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