会津藩駐屯地跡 (京都市伏見区)  
Site of Aizu Domain Garrison
会津藩駐屯地跡 会津藩駐屯地跡
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「会津藩駐屯地跡」の石標・副碑


石標


副碑
 伏見の東本願寺伏見別院の門前脇に、「会津藩駐屯地跡(あいづはん-ちゅうとんち-あと) 伏見御堂(ふしみ-みどう)」の石標・副碑が立てられている。
 幕末の鳥羽・伏見の戦いでは、旧幕府軍の会津藩先鋒隊が別院の伏見御堂を宿陣にしていた。
◆歴史年表
 江戸時代、1868年、1月2日夕刻、会津藩の先鋒隊200人は、この地の東本願寺伏見別院の伏見御堂を宿陣にした。
 1868年、1月3日夕刻、鳥羽・伏見の戦いの戦闘が始まる。
 現代、2009年、12月、伏見観光協会・社団法人伏見納税協会青年部会により石標・副碑が立てられた。
◆鳥羽・伏見の戦い 鳥羽・伏見の戦いは、明治新政府と旧幕府との間の武力衝突であり、戊辰戦争最初の内乱だった。
 江戸時代後期、1867年12月9日(新暦1月3日)の王政復古の大号令後に、新政府内部では討幕派が公議政体派を抑えていた。小御所会議では、大政奉還した第15代将軍・徳川慶喜は、辞官納地を命じられる。幕府、会津藩、桑名藩などは受け入れず朝廷と対立した。12月25日、討幕派・薩摩軍の江戸での攪乱挑発に対し、幕府は庄内藩に薩摩藩邸を焼き討ちさせた。
 慶喜は薩摩を討つために上洛を決意した。1868年正月、慶喜の本営・大坂城に布陣した旧幕府軍(幕兵、会津・桑名藩兵)は、京都に向けて進軍開始する。他方、伏見の旧幕府軍、新撰組は伏見奉行所に布陣した。夕刻、会津藩の先鋒隊200人が大坂から船で伏見京橋に上陸し、東本願寺伏見別院(伏見御堂)を宿陣にした。伏見奉行所に入る。薩摩軍は御香宮に陣を敷いた。
 3日(新暦1月27日)、旧幕府軍本隊は淀川を遡り、その先鋒隊は鳥羽街道、伏見街道の二手より京都に軍を進める。他方、薩長軍は竹田より小枝橋に兵を進めた。夕刻、小枝橋で橋を渡ろうとした旧幕府軍を薩摩軍が制止し、睨み合いになる。城南宮の西にある秋の山付近で、旧幕府軍と新政府軍(薩摩藩・長州藩・土佐藩・安芸藩)との緒戦になる。その後、小枝橋、中島、富ノ森、淀の町などでも戦闘が展開された。
 伏見御堂付近では、会津藩先鋒隊と薩摩藩との間で小競り合いがあり、その後、伏見の町でも戦いが始まった。本堂の畳を楯に鉄砲の撃ち合いがあり、御堂の建物にも大きな損害が出たという。
 兵力は旧幕府軍が1万/1万5000、薩長軍は3000/4500といわれた。旧幕府軍は旧式の大砲1門のみと劣勢で、下鳥羽まで退却する。薩摩軍は御香宮に4門、龍雲寺(善光寺)からも伏見奉行所に対して砲撃が行われた。新撰組は鳥羽・伏見の戦い以前に近藤勇が負傷し、沖田総司も病により戦線離脱している。このため土方歳三が指揮し、鉄砲で武装した薩摩軍の御香宮に土方、永倉らが三度斬り込むが戦果はなかった。
 4日、砲撃により伏見奉行所が焼失し、旧幕府軍、新撰組は淀に退却する。新政府軍(薩長軍)は仁和寺宮嘉彰親王を征夷大将軍に任命し、東寺に入る。錦の御旗により旧幕府軍は賊軍と化し、一気に士気喪失した。
 5日、淀堤千両松の戦いで、旧幕府軍の会津藩、新撰組は大敗し、井上源三郎など多数の死傷者が出る。旧幕府軍の淀城入城は淀藩、津藩の寝返りにより拒否された。やむなく、旧幕府軍、新撰組は大坂に敗走した。
 6日、慶喜、松平容保らは密かに大坂城を脱し、船で江戸に逃亡した。新撰組も江戸に戻る。
 鳥羽・伏見の戦い後、新政府内では討幕派が主導権を握り、2月9日、慶喜追討軍が東征に向かう。以後、戊辰戦争が始り、旧幕府軍が敗北する函館戦争まで、1年間にわたり内戦が繰り広げられる。


年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 副碑碑文、ウェブサイト「京都のいしぶみデータベース-京都市」、ウェブサイト「コトバンク」


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map 会津藩駐屯地跡 〒612-8048 京都市 伏見区大坂町(東本願寺伏見別院前)   
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