平安宮 中務省 東限築地跡 (京都市上京区)  
Ruins of Heiankyu-Dairi-Nakatsukasasho(Government office),Esatern Roofed Earthen Wall
平安宮 中務省 東限築地跡 平安宮 中務省 東限築地跡
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京都市埋蔵文化財研究所・京都市考古資料館の説明板


平安京復元図、現在地は赤字部分、その上に内裏、京都市埋蔵文化財研究所・京都市考古資料館の説明板より


平安宮復元図、現在地は赤い四角の部分、京都市埋蔵文化財研究所・京都市考古資料館の説明板より


右の説明板下の縦線が中務省東面築地跡の中央線(南北線)
 上京区中務町(なかつかさ-ちょう)に「平安宮 中務省 東限築地跡(へいあんきゅう-なかつかさしょう-とうげんついじ-あと)」の説明板が置かれている。
 平安時代、この地には、中務省が置かれ天皇の秘書官としての職務を担っていた。また、南北方向に築地跡が見つかっている。
◆歴史年表 平安時代、この地に中務省が置かれた。
 934年頃、中務省について記されている。(『二十巻本和名抄』)
 1127年、陰陽寮で火災があった。
 現代、1994年、発掘調査が行われる。中務省東面南北築地跡、溝跡が見つかった。
 2012年、3月、京都市埋蔵文化財研究所・京都市考古資料館により、説明板が設置された。
◆中務省 中務省(なかつかさしょう)は、律令制下で平安宮の二官八省の一つだった。飛鳥浄御原令制では中宮(ちゅうぐうしき)と表記された。
 内裏のすぐ南、朝堂院の東にあった。東西56.8丈(169.5m)、南北37丈(111m)の規模を持ち、現在の丸太町通を挟み土屋町通、美福通まで及んでいだ。北西に内舎人(うどねり)、東に監物、東半に鈴鎰(すずいつ)、陰陽寮があった。陰陽寮には、天文伺察台(てんもんしさつだい)、漏刻(ろうこく)、鐘鼓楼が建てられていた。
 重要な官衙(かんが、役所)だった。天皇の秘書官であり、詔書・勅旨の作成に関した。天皇の意を受けて起案し、覆奏して施行許可をとり、卿(かみ)・大少輔(だいしょうすけ)が署名し、太政官(だいじょうかん)に送った。叙位、上表受納、国史監修、女官の名帳・考叙・位記、諸国の戸籍・租調帳、僧尼の名籍なども司った。
 太政官の左弁官に属した。管轄は、中宮職(ちゅうぐうしき)、6寮の左右舎人(とねり)、図書(ずしょ)、内蔵(くら)、縫殿(ぬいどの)、陰陽(おんみょう)、3司の画工(えたくみ)、内薬(うちのくすり)、内礼(ないらい)などだった。
 職員は八省中最大の規模を持った。四位以上の親王による卿は、格は他の省より高かく、実権はあまりなかった。その下に大輔・少輔、大丞・少丞、大録・少録の四等官がおり天皇に近侍した。侍衛の侍従、詔勅などを起草する内記(大中少)、蔵の鍵を監視し大蔵省・内蔵寮の物の出納に立ち会う監物(けんもつ)(大中少)、鈴印伝符を保管する主鈴(しゅれい)(大少)、蔵の鍵を司る典鑰(てんやく)(大少)・文書の書写・修理・雑用の史生(ししょう)、警衛・雑役の内舎人(うちとねり)、雑役の使部(しぶ)、雑役の直丁(じきちょう)などが所属した。
◆発掘調査 ◈1979年の立会調査、1991年の発掘調査により、西面築地は東限築地から西に169.5m地点にあり、中務省の東西幅は56.8丈であることが分かった。
 ◈1989年に、東面築地から西17丈(51m)で南北方向の築地塀(基底幅3.5-4m)、1990年に西面築地から東22丈(66m)で南北方向の築地塀(基底幅1.8m)が見つかった。
 ◈1994年の発掘調査で、中務省東面南北築地跡、それに伴う内側と外側の溝跡が検出されている。築地跡(幅2.1m)は丸太町美福通の交差点北側にあった。
 溝跡内からは平安時代前期の須恵器、土師器、緑釉陶器、硯、瓦など多数出土している。軒瓦の8割以上は旧都搬入瓦だった。墨書土器には「内舎人」「口省」「監」などの官衙名が記されていた。
 現在の説明板下にある南北線は、発掘調査で見つかった中務省東面築地跡の中央線の位置を示している。平安宮復元時の重要な定点の一つになる。
 ◈監物正殿とみられる東西棟は、礎石据付穴(径0.5-0.8m、柱間東西3.9m、南北6.6m)4基があった。
 内舎人正殿とみられる東西棟(5間2間)は、地山削り出しの基壇(南北幅8.5m、高さ0.3-0.4m)、礎石据付穴(径1.1-1.3m、、柱間3.3m)があった。
 掘立柱建物4棟のうち、片庇付は2棟あった。内舎人建物は南庇付東西棟(7間3間)、柱堀方1辺0.8-1.1mの隅丸方形、柱間(2.7m、2.4m、庇出3.3m)だった。


年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 京都市埋蔵文化財研究所・京都市考古資料館の説明板、『平安京を歩く』、『京都市文化財ブックス28集 平安京』、ウェブサイト「コトバンク」


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map 平安宮 中務省 東限築地跡 〒602-8158 京都市上京区中務町486-22
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