平安宮 内裏 紫宸殿跡 (京都市上京区)  
Ruins of Heiankyu-Dairi-Shishinden(Government office)
平安宮 内裏 紫宸殿跡 平安宮 内裏 紫宸殿跡
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「源氏物語ゆかりの地」の説明板


平安宮復元図、現在地は下の中央よりの赤い字部分、黄土色の四角部分は内裏内郭回廊、「源氏物語ゆかりの地」の説明板より


平安宮復元図、現在地は赤い点部分、赤茶色の建物群が内裏、「源氏物語ゆかりの地」の説明板より


内裏承明門跡北の地鎮め遺構から出土した遺物、(11世紀後半、珊瑚、ガラス玉、ガラス片、瑪瑙)、京都市有形文化財、京都市埋蔵文化財研究所、「源氏物語ゆかりの地」の説明板より


『源氏物語』・「鈴虫」、ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター
 下立売通浄福寺西入ルに「平安宮 内裏 紫宸殿跡(へいあんきゅう-だいり-ししんでん-あと)」の説明板がある。
 平安時代、この地には紫宸殿があった。内裏の正殿であり、公的な行事、天皇による重要な国家の儀式が執り行われていた。
◆歴史年表 平安時代、この地に、紫宸殿が建てられた。
 833年、3月、「天皇御紫宸殿。賜群臣酒。有囲碁之興」と記されている。(『続日本後紀』)
 現代、2008年、3月、京都市は「源氏物語ゆかりの地」の説明板を設置した。
◆紫宸殿 紫宸殿(ししんでん/ししいでん)は、平安京内裏の正殿だった。南殿(なでん)、南大殿、前殿、正寝、正殿とも呼ばれる。内裏のほぼ中央にある仁寿殿(じじゅうでん、北殿、後殿)の南にあった。
 殿の中央北寄りに、玉座の高御座(たかみくら)、御帳台(みちょうだい)があり、御帳台の背面、北庇との間仕切りには、「賢聖障子(けんじょうのしょうじ)」があった。中国の制に倣い、漢唐の名臣 32人の肖像を描いている。広い白砂の南庭があり、18階段の東に左近(さこん)の桜、西に右近の橘が植えられていた。
 当初は節会(せちえ)、季御読経(きのみどきよう)、立后、立太子、天皇元服などの公事が行われる。平安時代中期に大極(だいごく)殿の荒廃後は、紫宸殿でハレの行事が代わりに行われた。即位、東宮元服、朝賀節会、大嘗会(だいじょうえ)など、朝廷の大きな儀式、公事なども行われている。なお、仁寿殿ではケの行事に用いられた。
 「年中行事絵巻」「朝覲(ちょうきんきん)行幸」の冒頭にも、紫宸殿を出立する天皇が描写されている。庇、階段、桜、橘、承明門、県令門などが見られる。
 なお、現在の京都御所の紫宸殿は、江戸時代後期、1855年に造営され、平安時代の様式をほぼ復元している。
 南面、東西9間、南北3間、素木(しらき)造、檜皮葺、神明造/入母屋造、四方に庇、簀子が巡る。
◆源氏物語 『源氏物語』では、東宮の元服を紫宸殿で行った。光源氏の清涼殿に対して威儀の高さを暗示している。


年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 京都市の説明板「源氏物語ゆかりの地」、『源氏物語ゆかりの地』、ウェブサイト「源氏香の図-ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター」、ウェブサイト「コトバンク」


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map 平安宮 内裏 紫宸殿跡 〒602-8163 京都市上京区田中町467,下立売通浄福寺西入ル  
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