南座 (京都市東山区)  
Minami-za Theater
南座 南座
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北側、正面


北側


北側

北側

北側、入口


北側

北側


北側


北側、櫓、毛槍と梵天

北側

北西角


西側

西側

西側

西側


【参照】大正期の四条大橋・南座(黒川翠山撮影、府立総合資料館蔵)、京都土木事務所の鴨川の説明板より
 四条通大和大路西入ル四条大橋東詰南側に南座(みなみざ) はある。「京都四條 南座」とも呼ばれている。
 日本最古の劇場であり、現在の建物は近代の建築家・足立糺が設計した。
◆歴史年表 近代、1913年、11月、先代の南座の改修が行われている。
 1929年、1月、松竹株式会社により現在の南座建設が着工した。11月、竣工する。
 1990年、3月、大改修工事が行われ、内部設備を改修した。
 1991年、10月、新装開場になる
 現代、1996年、12月、登録有形文化財に登録される。
 2014年、6月、京都市の歴史的意匠建造物に指定された。
 2016年-2018年、耐震改修工事が行われた。11月、南座発祥400年紀念として新装開場になる。
◆足立糺 近代の建築家・足立糺(?-?)。詳細不明。京都市営繕課長を務めた。その後、足立建築事務所を開設する。1929年、南座を設計した。
建築 近代以降に、南座は明治期(1868-1912)、大正期(1912-1926)にも建て替えられている。1929年には、松竹株式会社により現在の建物が竣工した。設計は足立糺による。1996年に登録有形文化財に登録される。2014年に京都市の歴史的意匠建造物に指定された。
 四条通に北面して建つ。外観は桃山風であり入母屋造の破風、唐破風の屋根を幾重も重ねる。コンクリート造の斗栱、蟇股もあり、太い柱の中心に切れ目を入れ、2本に見せるなどの外観上の工夫も行っている。屋根の最上階には、官許の証である櫓がある。櫓は、5本の毛槍と一対の梵天からなる。
 内部にも随所に桃山風の意匠が凝らされている。1階-3階に舞台・客席(総客席数1500余、折上格天井)、4階に楽屋、地階に奈落・事務所などがある。
 施工は京都・白波瀬工務店による。鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄骨造地上4階地下1階建、瓦葺、建築面積1797㎡。
 1990-1991年に、舞台、客席などの改修が行われている。白波瀬直次郎の設計による。2016年-2018年に耐震改修工事が行われ、外観は竣工時に復元された。内装も天井、単純・直線的なアール・デコ調の照明なども復元されている。なお、椅子は新装され、エレベーターが新設された。
◆南座 江戸時代、1614年-1615年、櫓を構えた芝居小屋が建ち始め、この頃に、南座の原初があったともいう。元和年間(1615-1624)/慶長-元和年間(1596-1624)に、京都所司代・板倉勝重により四条河原に櫓が公許された。南座は、その頃建てられた7つの常設芝居小屋の一つになる。寛永年間(1624-1645)に、四条河原の歌舞伎小屋は隆盛になっている。
 その後、芝居小屋は火災などで次々に失われる。文化-文政年間(1804-1831)には南座と北座の2座のみがあり、四条通の南北に隔てていた。近代に入り、1893年5月に、北座が取り壊され南座のみが残る。
 1896年に松竹合名会社は座主・安田彦三郎から南座を買い取った。1906年に松竹合名会社(白井松次郎・大谷竹次郎)が経営にあたる。
 なお、現在の「南座」の名称は、明治期(1868-1912)中期以降であり、それ以前は、「南(側)の芝居」と呼ばれていた。


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 ウェブサイト「文化庁 文化財データベース」、『京都大事典』、『京都の洋館』、『松竹 南座の歴史』、ウェブサイト「コトバンク」


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map 南座 〒605-0075 京都市東山区中之町198,四条通大和大路西入ル 四条大橋東詰南側 phone 
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