朝日神社 (京都市山科区)  
Asah-jinja Shrine
朝日神社  朝日神社 
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 栗栖野華ノ木町(くりすの-はなのきちょう)の朝日神社(あさひ-じんじゃ)は、栗栖野の氏神として信仰されている。
 祭神は、天照大神(あまてらすおおかみ)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、徳川家康(とくがわ-いえやす)の三柱を祀る。旧村社。 
 諸願成就、商売繁盛、五穀豊穣、出世開運などの信仰がある。
◆歴史年表 江戸時代、この地、栗栖野新開場は、3代将軍・徳川家光の息女・千代姫(1637-1699)が収得した。(『京都府地誌』)
 1730年、8月、大山崎・妙音山観音寺が35両を渡して、東野、西野山村の開墾に着手した。 (「観音寺役者桂道一礼」)
 享保年間(1716-1736)、久世郡寺田村、紀伊郡富森村、下鳥羽村からの移住者によりこの地が開墾された。(『京都府地誌』)。栗栖野(栗栖の小野)新田が生まれたという。
 1740年、7月、当社は村の北西に、移住者により鎮守神として創建されたという。(朝日神社御神体墨書)
 現代、1972年10月、社殿を新改築した。
◆千代姫 江戸時代前期の千代姫(ちよひめ、1637-1699)。霊仙院(れいせんいん)。江戸幕府3代将軍・徳川家光の長女。母はお振(ふり)の方。家綱、綱重、綱吉の異母姉。1637年、天海により「千代姫君」と命名された。1638年、3歳で尾張名古屋藩2代藩主・徳川光友(みつとも)と縁組し、1639年、結婚した。1652年、長男・綱誠(後の尾張藩主)、1654年、長女・豊姫、1656年、次男・義行(後の高須藩主)、1658年、次女・直姫を産む。1699年、亡くなり、江戸・増上寺に葬られた。62歳。
◆建築 本殿、拝殿、末社、稲荷大神、遥拝所などがある。
◆注連飾り 新年を迎えるにあたり、独自の注連飾りが氏子により奉納される。
◆年間行事 歳旦祭(1月1日)、どんど焼き(1月)、放生祭(9月)、例祭(秋季例大祭)(10月10日)。


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
年間行事(拝観)などは、中止、日時・内容変更の場合があります。
参考文献 当社の石板、『京都山科 東西南北』『史料 京都の歴史 第11巻 山科区』、ウェブサイト「コトバンク」


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 稲荷大神
稲荷大神

「妙音山」の石標
 

ご神木の枯木
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map 朝日神社 〒607-8204 京都市山科区栗栖野華ノ木町4
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