出世稲荷神社 (京都市左京区大原) 
Shusse-inari-jinja Shrine
出世稲荷神社 出世稲荷神社 
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出世稲荷神社



出世稲荷神社



出世稲荷神社



出世稲荷神社



出世稲荷神社



出世稲荷神社




 大原の地に出世稲荷神社(しゅっせ-いなり-じんじゃ)はある。三千院に向かう通り沿いの坂道の上に建てられている。 
 豊臣秀吉に因み出世稲荷と呼ばれるようになったという。
 祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、天鈿女命(あめのうめのみこと)、大巳貴命(おおなむちのみこと、大国主神)、保食命(ほけつのみこと)を祀る。
 立身出世、開運、勝負運祈願、商売繁盛、水難除け、火難除け、病気除け、盗難除け、家内安全などの信仰がある。かつて清水焼関係者、芸能関係者の信仰篤かった。
 御朱印が授けられる。
◆歴史年表 安土・桃山時代、1587年、豊臣秀吉は、天下統一の実現は稲荷信仰のお蔭として、当初は聚楽第(1586-1595)内に祀られた。聚楽第の城鎮守神とし、伏見稲荷大社から勧請されたという。(寺伝)。朝廷より出世号を賜る。
 1588年、第107代・後陽成(ごようぜい)天皇が参詣し、「出世」の称号を贈る。
 1595年、聚楽第の破却に伴い旧地(上京区)に移されたともいう。
 朝鮮出兵(文禄・慶長の役、1592-1593・1597-1598)の際に、秀吉は戦勝祈願した。秀吉の母・大政所(おおまんどころ、1513-1592)の病気平癒の際にも祈願したという。
 江戸時代、1663年/寛文年間(1661-1672)、縁故の諸大名により、旧地(上京区千本通竹屋町下ル)に移された。
 享保年間(1716-1735)、再建された。開運出世を願う庶民の信仰を大いに集め、329本の鳥居が建てられていたという。末社・三石神社の人気に負う。(『拾遺都名所図会』)
 近代以降、社殿が建立される。明治期(1868-1912に)、秀吉人気が再来し、賑わいを見せた。
 現代、2012年、6月、現在地(左京区大原)に移転した。7月、仮社殿が設けられた。
豊臣秀吉 室町時代後期-安土・桃山時代の武将・豊臣秀吉(とよとみ-ひでよし、1537-1598)。幼名は日吉丸、初名は木下藤吉郎、小猿と呼ばれた。父は尾張国(愛知県)の百姓、織田信秀の足軽・木下弥右衛門、母は百姓の娘なか(天瑞院)。1551年、家出、後に今川氏の家臣・松下之綱、1554年、織田信長に仕える。1561年、浅野長勝養女・ねねと結婚し、木下藤吉郎秀吉と名乗った。戦功を重ね、1573年、小谷城主、羽柴姓と筑前守、信長の天下統一にともない西国転戦。1582年、備中高松城の毛利軍と戦いの最中に本能寺の変が起こり、和睦し軍を返し山崎で明智光秀を討つ。1584年、小牧・長久手で織田信雄、徳川家康の連合軍に敗れる。1585年、紀州根来と雑賀、四国・長宗我部元親を服した。関白に進む。1586年、聚楽第、広寺大仏造営に着手、太政大臣に昇り豊臣の姓を賜わる。1587年、九州征討、聚楽第が完成する。10月、北野天満宮で北野大茶湯を催した。1588年、第107代・後陽成天皇が聚楽第行幸、検地、刀狩を行う。1590年、小田原の北条氏直らの征討、朝鮮使を聚楽第に引見、1591年、利休を自刃させる。1592年、文禄の役を始め、甥の養子・秀次に関白職を譲り、太閤と称した。1593年、側室淀殿に秀頼が生まれると、1595年、秀次を謀反人として切腹させ、妻妾子女らも処刑した。1597年-1598年、朝鮮を攻めた慶長の役に敗れた。1598年、3月、醍醐寺で「醍醐の花見」を行う。8月、伏見城で没した。没後、豊国廟に豊国大明神として祀られた。62歳。 
◆聚楽第 聚楽第は安土・桃山時代、1586年に建てられた。秀吉は、わずか4年しか住まず、1591年、甥の豊臣秀次(1568-1595)に譲る。秀次は関白職を継ぎ聚楽第に住む。秀吉に秀頼(1593-1615)が生まれると、秀次は高野山追放後、切腹になった。
 1595年、聚楽第は破却され、建物の大部分は伏見城などへ移築された。
◆三石神社 末社・三石(みついし)神社は、三石をご神体としている。
 中央に「寿石」、右に「福石」、左に「禄石」を祀る。合わせて福禄寿になり、勝負の神、福神として知られる。
 また、三石は「取り石」、「打出し石」、「勝ち石」とも称された。博徒・相場師が信仰した。江戸時代に人気になり、戦前まで彼らの参詣が絶えなかった。
◆文化財 本殿には近代、清水焼陶工の6代目清水六兵衛(1901-1980)作の神像、本殿天井に、近現代の日本画家・堂本印象(どうもと-いんしょう、1891-1975)作の「登り竜天井図」がある。
 近現代の映画俳優・尾上松之助(1875-1926)寄進の石鳥居、江戸時代-近代の侠客・新門辰五郎(1800?-1875)寄進の狛犬、近現代の映画監督・牧野省三(1878-1929)寄進の鳥居などがあった。
 鳥居、天井画は現在地に移された。
◆社地移転 かつて氏子が存在せず、老朽化した社殿の維持が費用面で困難として旧地を売却し移転した。
 現在の大原の境内には旅館があった。今後、新社殿が建てられる予定という。
◆年間行事 節分(魔除柊 [まよけひいらぎ]が授けられる。竹串に出世鈴、柊、魔除札が付いている。)(2月節分)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『秀吉の京をゆく』、『お稲荷さんの起源と信仰のすべて 稲荷大神』、『稲荷信仰と宗教民俗』、『京都大事典』、『京都歴史案内』、『昭和京都名所図会 5 洛中』、『京都のご利益手帖』、『京都の隠れた御朱印ブック』 、ウェブサイト「コトバンク」


関連・周辺  周辺三千院  関連聚楽第     

水天宮

水天宮

水天宮

三石大神の福石大神。
福石、壽石、禄石の三石が祀られており、かつて博徒、相場師は壽石を勝石、福石を取り石、左を打出し石と呼んだ。勝負の神として崇敬されたという。

三石大神の壽石大神

三石大神の禄石大神

三石大神の狛犬、新門辰五郎の奉納による。


仮社殿
   
出世稲荷神社 〒601-1242 京都市左京区大原来迎院町148   075-744-4070   9:00-17:00
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