松風天満宮・松宿院〔知恩院〕 (京都市東山区)
Shoshuku-in Temple
松風天満宮・松宿院 松風天満宮・松宿院 
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鎮守社
 知恩院の塔頭である松宿院(しょうしゅくいん)は、松風天満宮(まつかぜてんまんぐう)とも呼ばれる。
 浄土宗、本尊は阿弥陀如来。 
 松風天満宮には天神像を祀る。
 学文、技芸向上、家門繁栄、諸縁円満、所願成就の信仰がある。
◆歴史年表 当初は、知恩院の宿坊として建てられ松宿庵と呼ばれた。後に、松風院と改めた。
 江戸時代、寛永年間(1624-1645)、32世・松風霊巌は、知恩院の中興に際して、西行が感得したという天神像を大伽藍に安置した。
 後、その像を当院に遷し、松風天満宮・松宿院と呼ばれた。
◆霊巌 安土・桃山時代-江戸時代前期の浄土宗の僧・霊巌(れいがん、1554-1641)。俗姓は今川、字は松風、号は檀蓮社雄誉。駿河国の生まれ。沼津の今川氏勝の三男。10代前半で浄運寺・増誉に師事し出家した。15歳で下総国生実・大巌寺の道誉貞把、虎角に学ぶ。1587年、大巌寺3世になる。奈良・霊巌院を経て、徳川家康の命により大巌寺に再住した。1608年、千葉・理安寺を中興開山する。徳川家康の帰依を受け、1624年、江戸・霊巌島に霊巌寺を創建した。1629年、幕命により知恩院32世になる。1631年、千葉・本覺寺(海上院)開山になる。1633年、知恩院の焼失後に、3代将軍・徳川家光の庇護を得て再興した。1657年、霊巌寺は江戸・明暦の大火で全焼し、深川に移転した。霊巌寺は後に、関東十八檀林の一つになった。著『精義集(しょうぎしゅう)』など。88歳。
 里見義隆、松平家信、内藤政長の帰依を得た。第108代・後水尾天皇に進講する。江戸城中でも法門を論じた。『選択集』などの開版にも尽くした。
◆神像 祠正面右に、得浄明院より預る久邇宮家の天神像を合祀する。
◆狛犬 祠前にある黄土色の陶器製の狛犬は、恐ろしい面構えで知られている。昭和期(1926-1989)初期の藤田文吉作。生田神社(神戸市)の末社・蛭子社前の狛犬と同型だったという。阿形72cm、阿吽形75cm。
◆梅 梅の名所になる。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 松風天満宮・松宿院由緒、『京都狛犬巡り』 、ウェブサイト「コトバンク」


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稲荷社

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松風天満宮・松宿院 〒605-8686 京都市東山区林下町406,新橋通大和大路東入ル三丁目 
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