平安京 中務省・陰陽寮跡 (京都市上京区)
The ruins of Onmyoryo
平安京 中務省・陰陽寮跡 平安京 中務省・陰陽寮跡 
50音索引,Japanese alphabetical order  Home 50音索引,Japanese alphabetical order  Home

マンションの玄関付近に置かれている金属製の説明版。劣化により説明文を読み取ることができない。この南北(写真では縦線)の線内(左側部分)に中務省の築地が建てられていたという事だろう。


丸太町通と美福通の交差点の南西付近。このあたりに陰陽寮があったとみられる。
 二条城の北東、丸太町通と美福通交差点北東のマンション入口に、「平安京中務省東面築地所跡」の小さな金属板が埋め込まれている。
 平安時代の中務省(なかつかさしょう)の唯一の遺構になっている。
◆歴史年表 平安時代中期、付近より南西は、かつて平安京大内裏の南東部に当たり、中務省が置かれていた。周囲は築地で囲まれ、その南東端に陰陽寮(おんみょうりょう)があり、陰陽師・安倍晴明(921-1005)も通っていた。
◆安倍晴明 平安時代中期の陰陽師・安倍晴明(あべ-の-せいめい/はるあきら/はれあき、921-1005)。摂津国(大阪府)阿倍野/大和国(奈良県)桜井安倍/讃岐国(香川県)生まれ。大膳大夫・安倍益材(ますき)/淡路守・安倍春材の子。母は加茂社家ともいう。第42代・文武天皇の右大臣・阿倍御主人(あべ-の-みうし)の後裔ともいう。幼くして京都に移る。陰陽師・賀茂忠行・保憲父子に陰陽道を学ぶ。保憲から天文道の奥義を授かった。唐に渡り、帰国後、陰陽道を確立したともされる。948年、大舎人になる。第61代・朱雀天皇の信を得る。960年、天文得業生(てんもんとくごうしょう)として第62代・村上天皇に占いを命じられた。961年、陰陽師になった。971年/972年、天文博士に任じられる。977年、師・保憲が亡くなった。979年、皇太子師・貞親王(第65代・花山天皇)の信を得て、命により那智山の天狗を封ずる儀式を行う。その後も、第66代・一条天皇など6代の天皇に仕え、藤原道長の信も得る。官職として主計寮の主計権助(かずえのごんのすけ)、大膳大夫(だいぜんだいぶ)、左京権大夫、穀倉院別当、播磨守などを歴任した。従四位下。著『占事略決』。85歳。
 安倍氏(土御門家)の祖になる。陰陽、暦術、天文の術に精通し、吉凶を占い、陰陽道の祭祀 (泰山府君祭) 、天文密奏などを行い宮廷で活躍した。様々な説話が『栄花物語』『今昔物語』『宇治拾遺物語』などに記されている。安倍氏は、賀茂氏と並ぶ陰陽道家になる。家は土御門の北、西洞院の東にあり、子孫は後に土御門家と呼ばれ代々陰陽頭になった。鎌倉時代-近代、1870年まで陰陽寮を統括した。後世、居宅跡には安倍晴明社が創建され霊神として祀られる。
 中世より伝えられる墓所の一つに、安倍晴明墓所(右京区嵯峨)がある。 
◆陰陽寮 陰陽道は、6世紀に百済より日本に伝えられた。賀茂氏、安倍氏により大成され、やがて土御門家が継承した。
 奈良時代、陰陽五行思想に造詣の深かった第40代・天武天皇は、676年、陰陽寮、日本初の占星台を設けている。685年、陰陽師という用語が使い始められる。718年、養老律令では、中務省の内局、小寮の陰陽寮設置が明文化された。
 中務省には、大舎人寮(令制では左大舎人、右大舎人寮)、 図書寮、 内蔵寮、 縫殿寮、 内匠寮、そして南東に陰陽寮などが置かれていた。
 陰陽寮は、南北26丈(79m)、東西17丈(52m)の広さがあった。占い、天文、時、暦の編纂を担当した。陰陽頭、陰陽道に基づき呪術を行う陰陽師、陰陽師を養成する陰陽博士、安倍晴明も就いた天文博士は天文道を司り、天候、星の運行を観察・教授した。そのほか、暦の編纂・暦作成を教授した暦博士、学生・得業生で構成されていた。漏刻博士は、時計(漏刻)を管理して時報を行っていた。総勢、88人程度であったという。
 近代、1869年に陰陽頭土御門晴雄が死去、1870年、嫡男・土御門晴栄の代に廃止され、1000年以上の歴史を閉じた。 


*原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『陰陽道と平安京 安倍晴明の世界』、『安倍晴明・紫式部を歩く』、『陰陽師 安倍晴明に出会う旅』、『安倍晴明読本』 、ウェブサイト「コトバンク」


関連・周辺晴明神社   関連安倍晴明の墓所  周辺    
平安京オーバレイマップ
平安京 中務省・陰陽寮跡  京都市上京区中務町周辺

50音索引,Japanese alphabetical order  Home   50音索引,Japanese alphabetical order  Home  
  © 2006- Kyotofukoh,京都風光