寿宝寺・山本駅 (京都府京田辺市) 
Juho-ji Temple
寿宝寺 寿宝寺 
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本堂


本堂


10月17日、百味が供えらたれた前で神楽が舞われる。巫女は神笹で湯立を行う。田辺町指定文化財。


「山本駅旧跡」の碑、三宅安兵衛建立


「鶴沢の池 夕映えに立ち給ふ 千手千眼 仏静けし」、国文学者・国崎望久太郎(くにさき もくたろう)
 寿宝寺(じゅほうじ)は、京田辺市山本地区にある。小寺だが、近代以降、周辺の寺、神宮寺より美仏が遷されている。号は開運山という。
 高野山真言宗、本尊は十一面千手千眼観音立像。
 かくれ古寺南山城六山めぐりの一つ、京都南山城古寺の会に参加。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 奈良時代、704年、創建されたともいう。「山本の大寺」と呼ばれ、かつて七堂伽藍が建ち並んでいたという。当初の境内は、現在地より東方300mあまりの和泉川(現在の木津川)沿いにあった。その後、度重なる洪水により移転を繰り返したという。(寺伝)。
 境内東に鶴沢池(鶴沢ノ池)の南東付近に、一仏成就寺観音(一佛寺)があり、この寺が寿宝寺の前身ともいう。(「山城国綴喜郡筒城郷朱智庄佐賀庄両惣図」)
 江戸時代、1732年、寿宝寺は西方の現在地に移転する。
 近代、1868年、神仏分離令後の廃仏毀釈により、近隣複数の神宮寺などを併合し、多くの仏像などが当寺に遷された。
 現代、1997年、堂宇の大改築が行われている。
◆仏像 本堂に、近代までの本尊だった「大日如来が安置されている。
 近代以降、廃仏毀釈により、周辺の廃寺になった神宮寺から数多くの仏像が当寺に遷され、安置されている。
 収蔵庫に、現在の本尊、平安時代作の「十一面千手千眼観世音菩薩立像」(重文)(180㎝/169.1㎝)が安置されている。立像は、実際に千の手を持つ「千手観音三大名作(三大傑作)」(ほかに、大阪・葛井寺、奈良・唐招提寺)のひとつとされている。当寺に遷された経緯がある。かつて、現在の境内の東に鶴沢池(鶴沢ノ池)があり、池の南東付近には寿宝寺の前身ともいう一仏成就寺観音(一佛寺)があった。一佛寺は、室町時代、1428年の和泉川(現在の木津川)の氾濫により流失する。1431年、佐牙神社の神宮寺、法楽寺に一佛寺の十一面千手観音立像などが遷されたという。近代、廃仏毀釈により、法楽寺は廃寺になり、その仏像が当寺に安置されたという。また、三山木廃寺の遺仏ともいう。 
 像は、等身大の一木造、素木仕上げで、焚かれた護摩木により黒変している。目、眉、ひげに墨、口に朱が塗られている。衣紋の彫りは浅い。頭上に十一面を頂き、千の手と眼を持つ。二手は中央で合掌、二手は中央下で定印を結ぶ。残りの二手の右手は錫杖、左手に戟を持つ。円を描いた脇の四十手(大脇手)は、それぞれ持物(日輪、月輪、鏡、矢、雲、骨、剣など)を手にする。1000本の小脇手(正確には958本という)は扇状に広がり、各掌には、それぞれ墨で眼が印されている。眼と手の意味は、全ての人々の苦しみを見て、それらを掬い取るためという。像は、陽光と月光下では違う表情を見せるという。乙訓の柳谷観音と同木であるとされ、眼病平癒に効験あるともいう。千手を実際に持つ像はほかに、徳島・藤井寺などにある。木造、カヤ材。
 「聖徳太子立像」は、鎌倉時代作、京の仏師・尾の道浄信師作といい、太子16歳の像という。飛鳥時代、父・第31代・用明天皇の病気平癒のために、香炉を捧げて祈願した孝養像になっている。近代、廃仏毀釈により、1875年に廃寺になった蓮華寺(飯岡)より遷された。また、弘法大師像も遷されている。
 1868年に廃寺になった佐牙(さが)神社・神宮寺(宮津)の恵日寺(えにちでら)より、本尊だった「不動明王尊像」、平安時代作の「五大明王脇立の降三世明王」、「金剛夜叉明王」が当寺に遷されている。
◆建築 江戸時代、1789年再建の「地蔵堂」がある。
◆文化財 近代、佐牙神社境内の恵日寺より移されたという「大般若経」300巻がある。
◆山本駅 「山本駅旧跡」の碑が立つ。
 
飛鳥時代、645年の大化の改新により、班田収授之法の実施のために、土地区画の条里制が敷かれた。この付近には綴喜郡第四條山本里が置かれたともいう。
 奈良時代、711年、山背国綴喜郡山本駅が置かれた。(『続日本紀』)。平城京に通じた軍事的な意味を持つ駅制の「都亭駅」があった。これは、中央と地方を結ぶ官道の施設であり、公人が宿泊し、急使も置かれた。駅は築地で囲まれ、駅長(豪族)、駅子、駅馬、舟を備えた。駅門、宿舎、厩舎、倉庫、水飲み場、控室、休憩室などの建物があった。ただ、場所は特定されていない。
 この地は、大和から山陰に至る山陰道、西へは普賢寺谷より河内国へ、東へは木津川を経て古北陸道に通じる要衝地に当たった。現在の近鉄三木山駅南の「大筒城佐賀冠者殿旧跡地」は、山本駅に関連した施設ともいう。
◆鶴沢池 現在の境内東に、大池の鶴沢池(鶴沢ノ池)があった。「三沢の池」(ほかに京都・大沢の池、奈良・猿沢の池)のひとつといわれた。
 鶴の飛来地であったことからこの名がつけられたという。また、名月の名所にもなっていた。
◆碑・塔 境内に鶏霊碑が立てられている。かつて、毎年4月酉の日に鶏霊祭が行われていた。
 江戸時代、慶長年間(1596-1615)の銘ある舟形光背面沈刻浮彫五輪塔が立つ。
竹取物語 この地は、『竹取物語』(10世紀半ば以前)中、竹取の翁の舞台「山もと」にあたるとされる。物語の発祥地ともいう。最後に「造麻呂が家は山本近かなり」と記されている。
 現在の近鉄三木山駅南に「大筒城佐賀冠者殿旧跡地」とされる場所がある。ここに、翁(造麻呂)の家があったともいう。
◆佐牙神社 門前左は佐牙神社の御旅所になる。当社の神輿渡御があり、百味が供えられる。夜に湯立神楽が行われる。神事は、市文化財に指定されている。
◆年間行事 初観音・護摩供養(1月17)、星供養・節分会(2月3日)、祠堂会(3月18日)、棚経(8月14日)、施餓鬼法要(8月21日)、地蔵盆(8月23日)、秋彼岸会(9月23日)、湯立(百味が供えらたれた前で神楽が舞われる。巫女は神笹で湯立を行う。)(10月17日)。
 大師講(毎月21日)。 
 

*拝観は要予約、雨天の場合には仏像保存のため拝観中止。堂内は撮影禁止。
*年間行事(拝観)などは、中止・日時・内容変更の場合があります。
*参考文献 『南山城の古寺』『京都・山城寺院神社大事典』『日本の古代遺跡28 京都Ⅱ』『京都府の地名』『京都の仏像』『週刊 日本の仏像 第43号 観音寺 国宝十一面観音と蟹満寺・国宝釈迦如来』『京田辺大百科』『京都の地名検証』『仏像めぐりの旅 5 京都 洛北・洛西・洛南』
 

 
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