|
|
福蔵院 (京都市北区) Fukuzo-in Temple |
|
福蔵院 | 福蔵院 |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 寺から見る松上げ(8月24日) ![]() ![]() ![]() 【参照】中津川、洞谷寺 |
雲ヶ畑の岩屋橋の南に帰命山無量寿寺、福蔵院(ふくぞういん)はある。 浄土宗知恩院派、本尊は阿弥陀如来。 ◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。 奈良時代、792年、最澄の門弟・空忍(橘軍氏)により堂宇が創建されたことに始まるという。阿弥陀三尊を感得し安置した。天台宗であり、比叡山三千坊の一つに数えられた。 室町時代、1473年、室町幕府第9代将軍・足利義尚の命により浄土宗に改宗する。 安土・桃山時代、天正年間(1573-1592)、石清水八幡宮・豊蔵坊(ほうぞうぼう)より十一面観音像を遷した。豊臣秀吉の守護仏だったという。 江戸時代、明和年間(1764-1772)、第117代・後桜町天皇は紫宸殿の南庭にあった左近の桜の種を移植したという。 1854年、現在の本堂が建立された。 ◆空忍 奈良時代-平安時代前期の天台宗の僧・空忍(くうにん、 ?-?)、橘軍氏。詳細不明。最澄の弟子。792年、この地、雲ヶ畑に堂宇を創建し、阿弥陀三尊を安置した。 ◆仏像 ◈本堂に「阿弥陀如来像」を安置する。 ◈観音堂に、「十一面観音像」が安置されている。石清水八幡宮豊蔵坊の豊臣秀吉の守護仏だったという。安土・桃山時代、天正年間(1573-1592)に遷された。 ◆松上げ 向かいの山で「松上げ」(8月24日)が行われる。この地に隠棲した惟喬親王を慰めるために始められたという。また、五穀豊穣を祈り、愛宕神に神火を供するためという。 里の愛宕山に、櫓(6m四方)を組み松葉で字の形を作る。午後8時頃に、若中の手により松明で松根油に点火される。一字は毎年変わる。点火後、松明を手にした若者が山を下りてくる。かつてはこの後、盆踊りが催されていたという。 ◆桜 境内に、老木「南殿の桜」がある。江戸時代、明和年間(1764-1772)、紫宸殿南庭の桜を第117代・後桜町天皇(1740-1813)より貰い受けたものという。 *参拝要許可 *年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。 *参考資料・資料 京都市の駒札、『京都府の歴史散歩 上』、『昭和京都名所図会 3 洛北』、『京都の寺社505を行く』、『京都大事典』、ウェブサイト「コトバンク」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
![]() ![]() |
|
![]() ![]() ![]() |
![]() ![]() ![]() |
![]() |
|