咋岡神社 (京田辺市)
Kuioka-jinja Shrine
咋岡神社 咋岡神社
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 京田辺市の飯岡(いのおか)、飯岡山の頂の東に東面して咋岡神社(くいおか じんじゃ)が建つ。なお、当社旧地(京田辺市草内)に同社名の社がある。
 菅原道真を祀り、天神、天神宮と呼ばれていた。
 祭神は右に宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、左に菅原道真。 
 式内社。平安時代、『延喜式』神名式(延喜式神名帳)』(927)中「綴喜郡 十四座 大三座 小十一座 鍬靫」の「咋岡神社」に治定されている。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 室町時代、飯岡は北野社領であり天満宮(祭神、菅原道真)を勧請した。旧地は現在地の北、飯岡北端(草内宮ヶ森)にあり、木津川と普賢寺川の合流点だったという。飯岡ほか二村の総社になっていた。
 永亨年間(1429-1441)、木津川洪水により、田辺、草内、飯岡の三村に分祀された。この際に、宇迦之御魂神を勧請し、現在地に合祀される。
 安土・桃山時代、1601年、修復されている。(棟札)
 江戸時代、1617年、修復されている。(棟札)
 1636年、修復された。(棟札)
 1695年、木津川の氾濫によりこの地に移されたともいう。菅原道真が祭神に合祀されたともいう。
 近代、1873年、村社となる。
 1875年、式内社、咋岡神社と治定され社号を咋岡神社に改めた。
◆建築 本殿は東面する。一間社流造、銅板葺。
◆境内末社 伊勢社、八幡社、厳島社がある。
◆飯岡 飯岡(いのおか)の地名由来について、古くは「咋岡(くひおか)」と呼ばれた。当社の「咋岡神社」の名も『延喜式』神名式に記されている。平安時代、833年の『続日本紀』には「区ひ(田+比)岳」とある。
 飯岡山についても、当初は「馬咋(うまくひ)山」「馬咋岡(うまくひおか)」と記され、後に「馬(うま)」が省略されて「咋岡(くひおか)」になった。さらに、「く」が略されて「飯岡(ひおか/いおか)」になり、「飯岡(いのおか)」に転じたという。
◆樹木 境内のスダジイは「京都の自然200選」に選定されている。シイの巨木がある。
◆七井戸 かつて飯岡の丘陵地に「七井戸(飯岡七水)」があったという。三宅安兵衛により、1926-1927年にそれぞれ碑が立てられている。このうち、境内の北にには大規模な井戸跡がある。
◆年間行事 春祭(2月17日)、茅の輪(6月30日)、榊刺祭(9月30日)、百味寄せ(10月14日)、例祭(10月15日)、、秋祭(11月23日)、茅の輪(12月31日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 京田辺市教育委員会・京田辺市文化財保護委員会の説明板、『田辺史』『京都・山城寺院神社大事典』『京都の地名検証』


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割拝殿

本殿

本殿

境内末社、不明

境内末社、不明

境内末社、不明

手水舎

手水鉢、天神宮

遥拝所

萬葉歌碑「春草を 馬咋山ゆ 越え来なる 雁の使は 宿り過ぐなり」 柿本人麻呂
咋岡神社 〒610-0312 京田辺市飯岡東原62   
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